桜島の噴火

先日、カゴッマの友人と電話で話をしていましたところ、桜島の話題になりました。

A子「コン頃、桜島ン 噂ヲ 聞カンドン、オトナシュウ ナッタモンダネェ」
   (訳: この頃、桜島の話を聞かないけれど、静かになっているんだねぇ。)

友人「ンニャンニャ! ツイコン前モ暴レッ ヘッモ降ルシ 変ワイモセジ セガラシカヨー!」
   (訳: いえいえ! つい最近も噴火して、灰も降るし、相変わらず大変だよ!)

桜島はよほどの噴火でないと、南九州以外ではニュースにならないようで
つい平穏なのかと思いがちですが、今もしょっちゅう噴火しているようでございます。

さて桜島の噴火といえば、私こと婆ダムA子には、苦い思い出がありまして…。

娘らがまだ幼い頃、カゴッマ市内の自宅で家族と夕食を囲んでいた時のこと。
突然、「ドーーーーン!!」と桜島が噴火しました。

ンダモーーーッ! (訳:びっくり! ※あまりにびっくりした際は、ンダモシタンの省略形になってしまいます)

私は箸を放り投げて、ひとり素足で庭に飛び出したのでございました。

その桜島、直近の大爆発といいますと
今から100年以上前の大正3年(1914年)に起こった
20世紀の国内最大規模の火山災害といわれる大正大噴火だそうです。

さすがの婆ダムも、まだ生まれておりません。
ただその時の様子は、母から何度か聞いた記憶がございます。

明治23年(1890年)生まれの母は
まだ結婚はしておらず、独り身でカゴッマ市内で働いていた頃に、この大噴火に遭遇。
(※ 鹿児島市は、薩摩半島にあって、錦江湾を挟んで桜島とは対岸に位置します。)

大地から突き上げるような爆発音と振動はすさまじく
すぐに外に飛び出して、錦江湾の向こうの桜島を臨むと
雷鳴轟く中、今まで見たことのない真っ赤な炎と、天を覆い尽くす勢いで黒煙が噴き上がっていて
山は、もとの形を留めていないほど崩れていたそうです。

「コン世ン、シマイジャ…!」 (訳:この世の終わりだ…! )

そう思った母は、すぐに川内(せんだい)の実家に戻ろうと、武の駅(今の鹿児島中央駅)へと向かったそうですが
駅は避難しようとする人たちでごった返していて、到底汽車には乗れそうになく…

途方に暮れていると、やがて灰や噴煙が市内にも流れてきて、
昼なのに辺りは薄暗くなり、煙で苦しいやら、灰が目に入って痛いやら。

更に追い打ちをかけるように

「津波ン 来ッセエー カゴッマガ 海ィ沈ンドーーッ!」
 (訳:津波が来て、鹿児島が海に沈むぞーッ!)

そんな叫び声が聞こえてきて、とにかく高台の城山(しろやま)へと必死に逃げたとか。

しばらくの間、大きな爆発と地震が続いたそうですが、幸いにも津波は起こらず、
そしてようやく煙が晴れて、錦江湾を臨むと、海は一面、軽石だらけ。
てっきり、錦江湾が埋まってしまったと思ったのだそうです。

もちろん今も錦江湾はありますが
この噴火で流れ出た溶岩によって、島だった桜島が大隅半島と陸続きになったのは
カゴッマでは有名な話です。

そういうわけで、話は最初に戻りますが…
このような話を母から聞かされていたものですから
桜島の爆発音を聞いて、不覚にもひとり素足で逃げてしまったというわけでございまして…。
  (※ ちなみにこの時の爆発は、音は大きかったのですが、ごく普通の噴火でございました…)

しかしあれから半世紀が経った今も
「我が子を置き去りにした母」というレッテルは消え去ることもなく
 未だ娘らには、肩身が狭い婆ダムA子なのでございました。

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火山国の日本、もしも大噴火が起きたとしましても、被害が最小限に留まることを
祈るばかりでございます。


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