誕生日にあたって

先日、私こと婆ダムA子は84歳の誕生日を迎えました。

以前は年が増えるのが憂鬱でしたが
傘寿を越えたあたりから、またひとつ年を重ねられたことが素直に嬉しく
今年も誕生日を迎えられたことへの感謝の念でいっぱいでございます。

さてこれを機に、また仕事を始めることにいたしました。

「ンダモシタン! A子サン ソン年デ 仕事ッチ、何ヲシヨット ゴアシカ?」
 (訳:びっくり! A子さん、その年で仕事って、何をするの?)

「マタ 仏画ヲ 描コチ 思チョヒト」
(訳:また仏画を描こうと思っています)

実は40を越えた頃に癌を患い、死への不安から逃れようと苦悩しておりました。
そんな頃に、姉が教えてくれました仏を描く「祈り」の世界に一筋の光を見いだして
仏画を描き始めました。
幸いにも癌の再発はなく、30余年ひたすら精進することができました。

もともと無宗教で宗派はなく、無名の仏画師でございますが
古希を迎えてから、様々な方々のご尽力により、ドイツやスペインで個展を開催するに至りました。
しかしその後、主人が長い闘病生活の末に亡くなり、私自身も一時期は要介護認定を受ける身となって
仏画への制作意欲を失っておりました。

そんな中、身内の勧めと協力もあって、ブログを始めて
80余年の自分の半生を振り返るうちに、多くの人との出会いがあり支えがあったからこそ
ここまで生きて来られたのだということに改めて気づかされました。

そして今まで出会ったすべての方々に感謝の気持ちを込めて
 また仏画を描きたいという気持ちになったのでございます。

そういうわけで仏画制作に取りかかりますと、それに明け暮れる日々となりますので
ひとまずブログはお休みさせて頂くことといたしました。

50個ほどの拙い記事ではございましたが
こうやって綴ることができましたのは、一重に読んで下さった方々のお陰と
心よりお礼申し上げます。

仏画制作が一段落しましたら、またブログを更新するやもしれませんが
当分はキーボードから絵筆に変えて、作品作りに専念したいと思っております。

今まで「婆ダムA子のおじゃったもんせ〜!」にお付き合い頂きまして

マッコテ アイガトモウシアゲモシタ!

コイカラモ イッペコッペ キバリモス 婆ダムA子ございます!
 (訳:これからも一生懸命頑張ります)


<ブログサークルにて読んで下さった方々へ>
2ヶ月ほどの短い間ではございましたが
私にとりましては、皆様のブログを読ませて頂き、また婆ダムのブログを読んで頂いて
コメントを頂けましたことは、何事にも変えがたい有意義な時でございました。
このサークルのお陰で、また仏画への意欲が沸いたといっても過言ではございません。
そういうわけで、誠に勝手ながら皆様へのブログへの訪問はできなくなりますが
頂いたコメントは私の宝でございますので
当分はサークルは退会せずに、婆ダムA子のページを残させて頂きとう存じます。
いずれまたブログを更新しました折にはぜひ、おじゃったもんせ〜!
 



三丁目の夕日

最近、身内に勧められて「三丁目の夕日」という映画をビデオで観賞しました。

10年以上前に制作された映画だそうですが
昭和30年代を描いた群像劇は、古き時代の懐かしい風景が満載でございました。

中でも家に初めてのテレビがやって来る場面では
いずこも同じだったのだなぁと、カゴッマ(鹿児島)での当時のことを思い出しました。

私こと婆ダムA子の主人はかなりの呑兵衛で、当時の給料の大半は酒に消えていましたが
野球好きで、テレビ観戦したいがため
一時期は大好きな酒を控えてまで、テレビを購入したのでございました。

そういうわけで、我が家では映画の主人公一家と同じく
ご近所さんよりも比較的早くにテレビがやって来ました。

「見ッシャン! 見ッシャン! テレビ 見セックイヤン!」
(訳: 見せて!見せて! テレビ見せてよ!)

テレビを購入したことは、すぐにご近所じゅうに広まって
子供たちが、我が家に押し寄せて来ました。

とりわけ人気番組「月光仮面」の時間になると
20人近くの子供たちが居間から玄関までを占領して、私たちの居場所がなくなるほど。
 それでもそこは当時のご近所付き合い。

「ヨカヨォー 見イッキャン」  (訳:いいよ、見て行きなさい。)

そう言って、馴染みのない子も来る者拒まずで家に入れておりました。

ある日のこと、近所の奥さんに呼び止められました。

「旦那サァナ、ヤッパイ焼酎(ショツ)ナ 飲ンオイヤット ゴアイナァ。
 夕べハ ドヒッコバッカイ ゴアシカ?」
(訳:旦那さんは、やっぱり焼酎を飲んでいるんですね。夕べはどのくらい飲まれましたか?)

主人の酒好きは近所でも有名でしたが
なぜか、そんな質問を数人の奥さんにたびたびされるようになり
やれ焼酎を飲んでいるとか、やれどのくらい飲んだかなど、
余計なお世話と思いながら、適当に応えていました。

しかしある時、井戸端会議の女子(おなご)衆に取り囲まれまして…。

 「夕べハ お客サーモ 何人カ、オサイジャシタゴ ゴアンデ 
 ドッサイ飲ンミヤットコ ゴアンソ?」
(訳:夕べは何人か、お客さんもいらしたみたいだから、さぞやたくさん飲んだんでしょう?)

彼女らの迫力に圧倒されて、正直にお客さん二人来て、5升と答えましたところ

「ンダモシタン! 三人デ 5升ゴアシカ!」(訳:びっくり!三人で5升ですか!)

「ンニャ、アタヤ ソヒコバッカイチ 思チョシタド!」 (訳:いや、私はそれぐらいと思っていたわ!)

そんなことを言いながら大盛り上がりの女子(おなご)衆。

どうやらうちにテレビを観に来た子供たちが
我が家の焼酎の空き瓶の多さに魂消て(たまげて)、親に話していたようで…。

それがご近所の噂になって、奥さんたちの間で
主人が前日に焼酎をどれだけ飲んだかが、関心事になっていたようなのです。

「ホンノコチャ ダンナサーヨカ 奥サァン方ガ 呑兵衛ラシュ ゴアンド 」
(訳:実は旦那さんよりも奥さんの方が、呑兵衛らしいわよ)

そんな噂も流れていたようですが
時機にご近所さんもテレビを購入する世帯が増えていき
いつの間にか、うちの焼酎の空瓶の数は誰も気にしなくなりました。

「三丁目の夕日」の時代、
個人情報などの言葉すらない、開けっぴろげなご近所付き合いでございました。

ちなみに婆ダムA子は、味醂でも酔ってしまうほどの下戸。
薩摩焼酎をぐいっと飲んで

「カーッ! ウンマカネーッ!」 (訳:かーっ! おいしいねーッ!)

一度は言ってみたいものでございます。

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 この映画、続編もあるそうでぜひ観とうございます。


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国宝展

京都国立博物館では、開館120周年記念として国宝展が開催されるそうです。

私こと婆ダムA子も、自宅から2時間ほどの京都国立博物館には、よく足を運んだものでございます。

 その京都での展覧会、何度かご一緒して頂いた方がおりまして
今日はその友人のお話でございます。

彼女と知り合いましたのは、確か50歳前後の頃。
同年代でお互いにさばけた性格だったこともあり、気が合ったのでございましょう。
そんな彼女、とても美しい方でもございました。
風姿だけでなく、所作ひとつひとつが美しく、オーラさえ漂わせておられましたが
展覧会をご一緒するようになってから、元・タカラジェンヌと知り
合点がいったのでございました。

ただ彼女、かなり常識はずれな方でして…。
券売機で買える電車の切符を、クレジットカードで購入しようとしたり、
滅多に乗らないという電車の車中で「遠足みたい」と女学生のようにはしゃいだり、
極めつけは、展覧会で展示してある国宝級の画を欲しいと言い出して、係員を呆れさせたり。

もともと資産家のお嬢様、結婚後もかなり裕福でいらしたようで
彼女にしてみれば、真逆の私と接するのが、面白かったようでございます。

ある時、彼女からとんでもないお誘いを受けたことがありました。

「A子さん、一緒にサンパウロに行って下さらない?」

そんな名前のブラジル料理店へのお誘いかと思いきや
彼女が行きたいのは、まさにブラジルの都市のサンパウロ。
理由を聞くと…
サンパウロのストリートチルドレンの少年を追ったNHKのドキュメンタリー番組を観て、
どうしてもその少年に寄附をしたいとNHKに問い合わせしたところ
サンパウロに行って直接届けてください…と言われたのだとか。
その寄附の額も半端でなく、さすがにそのお誘いは丁重にお断りいたしました。

その後、だんだん会う機会も少なくなり、音信も途絶えていたのですが
70歳の頃、十数年ぶりに突然、彼女から電話を頂きました。

「A子さん、お元気にしてる? また一緒に京都の展覧会に行きたいわ」

暑い時期でしたので「涼しくなったらぜひ行きましょう」とお約束をして
久しぶりの再会を楽しみに電話を切りました。

しかしこの時、彼女が大病を患っていたとはその声から全く想像もできず…
ちょうど今の季節の頃、
涼しくなってきたので展覧会にお誘いしようとして、彼女の訃報を知ったのでした。

私も年をとり、昔のように気軽に京都には行けなくなってしまいましたが
来月から始まる国宝展、彼女のことを偲びながら、ぜひ訪れとうございます。

「電車で京都に行くなんて、遠足みたいだわ! おやつを持ってきたらよかったわね!」

あの弾むような声と楽しげな笑顔を思い出しながら…。

合掌。

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京都国立博物館の国宝展は、10月3日〜11月26日に開催されるそうでございます。





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料理長の年齢

私こと婆ダムA子は、外で食事をする際、密かに楽しみにしていることがございます。

それは食事を終えた後に、料理長さんの年齢を当てるというもの。

もともと亡くなった主人が言い出したことなのですが
盛り付けや味付けで、料理長のだいたいの年齢がわかるというのです。

最初は半信半疑でしたが、主人は百発百中とまではいかないものの
例えば40歳前後とか、60代という範囲で、かなり高い確率で当てるものですから
ンダモシタン!(びっくり!)でございました。

そういうわけで、私も料理長の年齢当てに参加することに。

最初はさっぱりでしたが、経験を積むうちに、だんだんと当てられるようになりました。

一番わかりやすいのは、料理の甘さ。
例えば70歳を越えた料理長ですと
食べた時にうまさよりも甘さが先に来る感じでしょうか。
決して甘すぎるというわけではなく、このあたり微妙でなかなか言葉では表現できません。
もちろん一概には言えませんが、洗練された盛り付けなども加えて
70歳以上の料理長の私の的中率は、なかなかの成績でございます。

さて今から30年以上前、
近所にレストランが開店したので、早速主人と食事に行った時のこと。

食事が終わって、いつもの年齢当てに興じます。
私は迷わず30代、主人はかなり迷って60歳前後…
意見が分かれたところで、答えを聞くことにしました。

「とても美味しい料理でした。
ところで大変失礼ですが、料理長の方はおいくつぐらいでしょうか?」

いつもでしたら、不思議そうな顔をしながらも何歳ぐらいかを答えて下さり
質問した理由を明かすのですが
その時は、尋ねられたアルバイト風の若い女性、かなり困った顔をされて…

「料理長…ですか…? 少々お待ち下さい。」

「あ、わざわざ聞きに行かれることのほどでは…」と申すよりも先に
彼女は足早に厨房へと消えて行かれました。

彼女にいらぬ仕事を増やしてしまったと主人と反省しておりましたら
30代ぐらいの男性が、こちらへと向かって来られました。

忙しい中、料理長さんが直々におでましになられたのかと、私たちは恐縮しきり…
でももし彼が料理長でしたら、私が当たりです。

そして、その男性、私たちの席の前に立ち、一礼すると…

「申し訳ございません。料理長の年齢でございますが
こちらには料理長はおりませんので、本部に問い合わせいたしましょうか?」

そこは当時、我が家の近所に初めて進出して来たファミリーレストラン。
セントラルキッチンでまとめて調理されて、運ばれて来るなど露とも知らず
主人と料理の蘊蓄を垂れながら、年齢当てに興じていたのでありました。

 料理通ブッチョンドン、ホンノコチャ ヨカ加減モンゴアンナー…。
(訳:料理通ぶっていますけれど、実はいい加減なんですよね…)

しかし主人亡き後も未だ懲りずに、身内を巻き込んで
料理長の年齢当てに興じている婆ダムA子なのでございます。

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こんな本に載っているレストランに一度は行って、年齢当てしとうございます。


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秘伝の薬

最近、ヒアリやマダニが世間を騒がせておりますが
刺されたら命を失う危険もあるそうで、注意しなくてはいけません。

昔は夏ともなると、網戸もなくて、どんな虫も家の中に入り放題でしたので
私こと婆ダムA子、大抵の虫には動じませんが
こと百足(ムカデ) だけは、あの悍ましい姿態からして勘弁でございます。
しかし今住んでいる地域は、昔から百足が多くて…。

百足に噛まれて亡くなった人はいないそうですが
奴に足の小指を噛まれた時は、小指が親指ほどに腫れ上がり
毒がまわって足の付け根まで痛くて、2日ほど歩けませんでした。

ご近所さんも、夜中に寝ている時、天井から落ちてきた奴に額を噛まれて
40度近くの熱が出て、数日寝込んだことがあるのだとか。

そんな百足に噛まれた時の対処法。
半世紀ほど前、こちら関西の主人の実家に引っ越して来た時に
姑から教えてもらったのですが
百足を食用油に漬け込んで、それを噛まれた所に塗ると良いとのこと。
百足を油に漬け込むと、数ヶ月で形もなくなって黒いドロドロ液になるのですが
姑は、長く漬け込むほど効き目があると
ワインよろしく、年代モノを取り揃えて熟成させておりました。

私も奴に噛まれた時は今も使っていますが、確かに痛みはマシになります。
なんでも百足には解毒作用があり、漢方薬としても使われているそうです。
もっとも、姑が申していた年代モノの効果のほどは、定かではございませんが…。

そういえば、姑が亡くなった頃の今から40年ほど前のこと。

突然、近所の医院から電話がかかってきました。

「百足に噛まれた患者さんがいるので、お宅の百足油を分けてもらえませんか?」

聞けば、姑の百足油は近所でも評判で
その医院、百足に噛まれた患者さんが来院したら、姑から薬を調達していたそうです。

薬屋でもない普通の民家に、しかも医院から問い合わせがあるなど
今ならあり得ないでしょうが、当時でもかなり驚いた出来事でございました。

暑さも一段落して、関西もようやく涼しくなって参りましたので
そろそろ奴らが、モゾモゾと足元を這ってきそうな気配です。
秘伝の薬があっても、これからの季節、戦々恐々の婆ダムA子なのでございます。

「アン虫ハ ガッツイ イミシ奴ジャ!」 (訳:あの虫は本当に嫌な奴!)

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春先と今の時期は、この粉を家の周りに撒いて奴らと対峙しております。


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桜島の噴火

先日、カゴッマの友人と電話で話をしていましたところ、桜島の話題になりました。

A子「コン頃、桜島ン 噂ヲ 聞カンドン、オトナシュウ ナッタモンダネェ」
   (訳: この頃、桜島の話を聞かないけれど、静かになっているんだねぇ。)

友人「ンニャンニャ! ツイコン前モ暴レッ ヘッモ降ルシ 変ワイモセジ セガラシカヨー!」
   (訳: いえいえ! つい最近も噴火して、灰も降るし、相変わらず大変だよ!)

桜島はよほどの噴火でないと、南九州以外ではニュースにならないようで
つい平穏なのかと思いがちですが、今もしょっちゅう噴火しているようでございます。

さて桜島の噴火といえば、私こと婆ダムA子には、苦い思い出がありまして…。

娘らがまだ幼い頃、カゴッマ市内の自宅で家族と夕食を囲んでいた時のこと。
突然、「ドーーーーン!!」と桜島が噴火しました。

ンダモーーーッ! (訳:びっくり! ※あまりにびっくりした際は、ンダモシタンの省略形になってしまいます)

私は箸を放り投げて、ひとり素足で庭に飛び出したのでございました。

その桜島、直近の大爆発といいますと
今から100年以上前の大正3年(1914年)に起こった
20世紀の国内最大規模の火山災害といわれる大正大噴火だそうです。

さすがの婆ダムも、まだ生まれておりません。
ただその時の様子は、母から何度か聞いた記憶がございます。

明治23年(1890年)生まれの母は
まだ結婚はしておらず、独り身でカゴッマ市内で働いていた頃に、この大噴火に遭遇。
(※ 鹿児島市は、薩摩半島にあって、錦江湾を挟んで桜島とは対岸に位置します。)

大地から突き上げるような爆発音と振動はすさまじく
すぐに外に飛び出して、錦江湾の向こうの桜島を臨むと
雷鳴轟く中、今まで見たことのない真っ赤な炎と、天を覆い尽くす勢いで黒煙が噴き上がっていて
山は、もとの形を留めていないほど崩れていたそうです。

「コン世ン、シマイジャ…!」 (訳:この世の終わりだ…! )

そう思った母は、すぐに川内(せんだい)の実家に戻ろうと、武の駅(今の鹿児島中央駅)へと向かったそうですが
駅は避難しようとする人たちでごった返していて、到底汽車には乗れそうになく…

途方に暮れていると、やがて灰や噴煙が市内にも流れてきて、
昼なのに辺りは薄暗くなり、煙で苦しいやら、灰が目に入って痛いやら。

更に追い打ちをかけるように

「津波ン 来ッセエー カゴッマガ 海ィ沈ンドーーッ!」
 (訳:津波が来て、鹿児島が海に沈むぞーッ!)

そんな叫び声が聞こえてきて、とにかく高台の城山(しろやま)へと必死に逃げたとか。

しばらくの間、大きな爆発と地震が続いたそうですが、幸いにも津波は起こらず、
そしてようやく煙が晴れて、錦江湾を臨むと、海は一面、軽石だらけ。
てっきり、錦江湾が埋まってしまったと思ったのだそうです。

もちろん今も錦江湾はありますが
この噴火で流れ出た溶岩によって、島だった桜島が大隅半島と陸続きになったのは
カゴッマでは有名な話です。

そういうわけで、話は最初に戻りますが…
このような話を母から聞かされていたものですから
桜島の爆発音を聞いて、不覚にもひとり素足で逃げてしまったというわけでございまして…。
  (※ ちなみにこの時の爆発は、音は大きかったのですが、ごく普通の噴火でございました…)

しかしあれから半世紀が経った今も
「我が子を置き去りにした母」というレッテルは消え去ることもなく
 未だ娘らには、肩身が狭い婆ダムA子なのでございました。

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火山国の日本、もしも大噴火が起きたとしましても、被害が最小限に留まることを
祈るばかりでございます。


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義弟の十八番

明日9月4日は、私こと婆ダムA子の主人の命日でございます。

亡くなって5年になりますが、ちょうど同じ日の13年前に
主人の弟も亡くなりまして、仲の良い兄弟でしたが、何も命日まで同じでなくてもと
葬儀の席で親戚同士、しみじみと語り合ったものでございました。

その義弟、生前は隣り街に住んでおりまして
盆暮れにはいつも、兄弟で夜通し酒を飲み明かすのを楽しみに、我が家へとやって参りました。

そして義弟には、飲むほどに酔うほどに必ず飛び出す話がございまして…。
今日は、その義弟の十八番(おはこ)の話でございます。

義弟が定年を迎えた頃のこと。
愛車の軽自動車に乗って、国道を走っている時
前を行くダンプカーを、何とはなしに追い越したのだとか。

追い越した後は、ダンプカーのすぐ前を走る格好になったわけですが
しばらくすると、そのダンプカーにクラクションを鳴らされるやら、ライトを点滅されるやら。
ボロ車に追い越されたことに、よほどご立腹なのかと
バックミラー越しにダンプの運転席を見ると、なかなか怖そうなお兄さんだったようでして…。

これ以上、刺激してはいけないと、国道を離れて路地裏へ入ったそうなのですが
そのダンプカー、あろうことか、ぴたりとの後ろを追って来たそうで…。

さて義弟ですが、見かけはなかなかの強面ではありましたが
中身は、喧嘩など一度もしたことがない優しい男でございました。

ここは逃げるが勝ちと、更に細い路地へと逃げ込んだそうですが
それでもそのダンプカー、クラクションを鳴らしながら、ボロ車を追いかけて来る始末。
背中から多量の汗が噴き出し、生きた心地がしなかったとか。

そして正面を見ると、なんとその先は行き止まり。
もはやこれまでと覚悟を決めて、車を止めた義弟。
当然ながらダンプも止まって、ダボシャツ姿のお兄さんが降りてきて
義弟の方へと向かって来たそうで…。

見かけ倒しの六十男に、かたや三十そこそこの威勢のよさそうなお兄さん。
どうみても勝ち目はありません。
それでも先手必勝と、義弟は車を降りるなり…

「な、なんやねん! なんか文句あるんかいッ!」

震える足を必死に堪えて、あらん限りの虚勢を張ったのだとか。

しかし、そんな言葉にはモノともせず、 一直線にこっちにやって来るお兄さん。
そして目の前に迫った彼に、殴られると思ったその時…。

彼はいきなり深々と頭を下げて…

「先生!お久しぶりです。その折は、ほんとにお世話になりました!」

義弟は、工業高校の教師だったのですが
そのダンプカーのお兄さん、義弟の教え子だった…というオチでございます。

ダンプを運転中、追い越した車の運転手が高校時代の恩師だと気づいた教え子、
狭い路地を追ってまで礼を言いにきたという、よき教師ぶりを兄に自慢したかった十八番。

とはいえ、何度聞いても、どんな世話をしたのか、はたまた教え子のことすら全く記憶にないようで
いつも話の終わりは、ダメ教師ぶりを曝すことになるのでございました。

この十八番、今日も天国で主人と酒を飲み交わしながら、披露していることでしょう。

「おーい、A子、酒持ってきてんかー!」

そんな主人の声がそろそろ聞こえてきそうですので、明日のふたりの命日には
一升瓶を抱えて、お墓参りにと決め込む婆ダムA子なのでございました。

「ソッチハ 天国(テンゴ)ッゴアンドガ イッペイ飲ンセェ、 
 二人トン マダマダ ヨカ天国(テンゴ)ッ イッタモンセ!」
  ( 訳:そちらは天国ですから、たくさん飲んで、二人とも もっともっといい天国へ昇ってくださいね。)

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もちろん墓参りに持参する酒は、カゴッマの芋焼酎でございます。


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ひ孫、玄孫、来孫

先日、義姉から「初ひ孫誕生」の報をもらいました。

ということは、私こと婆ダムA子にとりましても、初めての4世代めの親戚の誕生でして
少子化の折、子孫繁栄は誠にお目出度いことでございます。

しかしお目出度い一方で、4世代めのひ孫の代ともなりますと
もう誰に子供が生まれたのやら、さっぱりわからなくなってしまいまして…。

A子「姉サン、ソイデ 誰ン子ネ?」 (訳:姉さん、それで誰の子供なの?)

義姉「タァコン 子ヨ」 (訳:ター子の子供よ)

A子「アー、タァコチャン二 マタ子ガ 出来ケッセェ メデタカコッジャネェ!」
   (訳:あー、ター子ちゃんにまた子供が出来たとは、お目出度いことだね!)

義姉「ンニャンニャ! タァコハ モウ還暦ッデ 子ドン 産ン年ジャ ナカデショガ。
   タァコン子ン ヨウ君ニ 赤子ガ 生マレタトヨ」
  (訳:違う違う! ター子はもう還暦で、子供を産む年じゃないでしょう。ター子の子どものヨウ君に、赤ちゃんが生まれたのよ)

A子 「アー、ヨウ君ナ、東京ン大学ィ 行ッチョタネー」
   (訳:あー、ヨウ君というと、東京の大学に行ってたよねぇ)

義姉「ンニャ!ンニャ! 東京ン大学ハ キョウ姉サンン孫…
   ンニャ…リョウ姉サンン孫? 誰ジャッタカネェ…?」
   (訳:違う違う!東京の大学は、きょう姉さん孫…いや…りょう姉さんの孫? 誰だったかなぁ…?)

もうお互いにわけがわからなくなってしまい
とにかくひ孫が生まれてよかったという話で落ち着きました。

思えば最近は、間違って身内に犬の名前を呼んだりして、大顰蹙を買っている始末、
兄姉たちの20人近くもいる孫のことを思い出すなど、例えボケてなくても、どだい無理な話…。

そんなことを思いながら、ラジオを聴いていますと
カゴッマの喜界島に住む117歳の国内最高齢の女性が話題となっていました。
1900年生まれの彼女には
孫が28人、ひ孫が56人、玄孫(やしゃご)が35人で
玄孫の子どもの来孫(らいそん)まで入れると、140人以上も子孫がおられるのだとか。

誰に子供が生まれたかは、定かでなくとも
せめてひ孫、いや…できれば玄孫、いや…あわよくば来孫の顔を拝んでから
あの世に行くのも悪くないと思う婆ダムA子なのでございました。

カゴッマノ オナゴンシャ 長生キョ シッモンドー! (訳:鹿児島の女性たちは、長生きをしますよー!)

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長寿でぽっくり、「ピンピンコロリ」が私の目標でございます。


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