ヤサシカお姉さん

私こと婆ダムA子には、4人の姉がおります。
タイトルの「ヤサシカ(優しい)お姉さん」は、私の姉たちのことではなくて
4番目の姉の仲良しだったお友達のことでございます。
※ ちなみに姉さんたちも、とってもヤサシカでしたよー!

まだ戦争が始まる前の昭和14年頃、カゴッマ市内に住んでいた時のこと。

小学3年だった姉が、珍しく興奮して学校から帰ってきました。

「アタシン、ヒトッ上ン学年ニ、普通語ヲ シャベッ子ガ 転校シッキセエネ。
 ソン子ハ ガッツイ モゾカ 人デ、アタシン、友達ィ ナッタガヨ!」
(訳:私の一つ上の学年に、普通語を話す子が転校してきてね。その子は、とてもかわいい子で、私、友達になったんだよ!)

その転校生、父親の仕事の関係で、東京から遙々カゴッマへ引っ越してきたとのこと。
普通語とは標準語のことで、姉は普通語に憧れていましたから、お友達になってもらったようです。

早速、姉は彼女の家にお呼ばれして、遊びに行きました。

「フットカ屋敷ジャッタ! ガッツイ広カ庭デ 遊ントガ、オモシテカッタヨー!」
(訳:大きなお屋敷だった! とても広い庭で遊んで、楽しかったー!)

当時の私は幼稚園児、広い庭で遊んで来た姉が羨ましくて堪りません。
それに標準語を話す人にまだ会ったことがありませんでした。

「アタイモ 普通語ヲ シャベッ 姉サンナ友達ノ屋敷ィ 遊ビィ 行コゴアーッ!」
 (訳:私も普通語を話す姉さんの友達の屋敷に遊びに行きたいッ!)

姉はA子を連れて行くと、ゆっくり遊べないと嫌がりましたが、母が一言。

「A子モ 連レッ 行ッキャンセヨ」
(訳:A子も連れていってあげなさい)

次の約束の時、姉は渋々、私を連れて彼女の家へと向かいました。

「あら!今日は妹さんも一緒なのね。そう…A子ちゃんって言うの。 私はクニコ、よろしくね」

彼女は普通語で自己紹介すると、ニッコリと笑いました。

「東京カア 来ヤッタ 普通語ヲシャベッ人ジャドン ヒットッモ ヨカブランデ、
 ガッツイ 優シソナ ヨカ 姉サンジャ!」
(訳:東京から来た普通語をしゃべる人なのに、ひとつも気取ったところがなくて、とても優しそうな素敵なお姉さん!)

会ったとたんに大好きになりました。

それからというもの姉が嫌がっているのにも関わらず
私はいつも姉に引っ付いて彼女の家に遊びに行くようになりました。

その彼女の家の庭は、日本庭園のように広く、
奥には3尺(約1メートル)ぐらいの高さの築山があって
私はそこを上ったり下ったりして走り回るのが大好きでした。

「A子ちゃん、築山の向こうは危ないから、行ったらダメよ」

「A子ちゃんはどんな遊びがしたいの? こっちに来て一緒に遊ばない?」

恐らく私がちょこまかと動き回るので、危なかしくて目が離せなかったのでしょう。
姉や他のお友達は、庭で缶蹴りやゴム跳びをして遊んでいましたが
彼女はいつも私のことばかり、気にかけてくれていました。

というのも築山の向こうは、当時の私の腰までしかない石垣があって、
その向こう側は地面まで1間(1.8メートル)以上もある段差になっていたので、かなり危険でした。

ある時、私は再三行ってはいけないと注意されていたのに
築山の向こうの石垣に寄りかかり、仰向けになって、向こう側に落ちそうになったのです。
景色が180度逆転して、頭から落ちる…と思った瞬間でした。

「危ないッ!」

彼女が私をぎゅっと抱きかかえてくれて、幸いにも向こう側への転落を免れたのです。
もし落ちていたら、大けが…いや、下手をしたら死んでいたかもしれません。

 私は怖かったのとびっくりした感情が相まって、大泣きしてしまいました。

「築山ン、向コイ 行ッタァ 行カンドチ 言ッタジャロガ!」
  (訳:築山の向こうに行ったらダメって言ってたでしょう!)

姉がすぐに飛んできて、当然ながら私を叱責。

しかし彼女は、私を責めるようなことは全くなくて

「A子ちゃん、怖かったね。もう大丈夫だよ。無事でよかった!」

そう言って、泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれたことを
今でもはっきりと覚えています。

そんな彼女は、小学校卒業とともに今度は四国に転校していかれましたが
その後も、姉との付き合いは続いていたようで、度々

「A子ちゃん、元気にしているの? 会いたいわー!」

とおっしゃってくださっていたそうです。

そして今日は、彼女の命日の8月22日。
ヤサシカお姉さんは、36年前に飛行機事故で
51歳の若さで亡くなられた作家の向田邦子(むこうだくにこ)さんでした。

彼女は生涯、2年余りを過ごした鹿児島を「故郷もどき」と呼んで、
懐かしがっておられたそうです。

日本の文学界の宝でもあった邦子さん、
本当に亡くなられたことが悔やまれてなりません。

アタイモ オ目ィ カカッセイ 
アン時ノ 助ケッモロッ オ礼ヲ 改メッ 申シャゲットウ ゴザイモシタ…。
(訳: 私もお目にかかって、あの時、助けて下さったお礼を改めて申し上げたかった…)

合掌。

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カゴッマでのことは「父の詫び状」の中にも収められています。


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