鶴ヶ嶺関

7月に入って、大相撲の名古屋場所が始まりました。

初日から2横綱 3大関が敗れる大波乱でしたが
15日間、どんな熱戦が繰り広げられるか、楽しみです。

大相撲といえば、父にまつわる忘れられない思い出がございます。

公務員だった父は、戦後に定年を迎えて、定年後の一番の楽しみは大相撲。
当時はまだテレビがなくて、ラジオの観戦📻で
放送が始まると、手製の勝敗表を片手にラジオの前にかぶりついておりました。

贔屓の力士は、地元の鹿児島出身の鶴嶺山(かくれいざん) 。
「江戸の大関より地元のふんどし担ぎ」とは昔の人は、うまいこと言ったものです。

でもこの鶴嶺山、ふんどし担ぎどころか、めきめきと頭角を現して
新入幕で鶴ヶ嶺(つるがみね)に改名、栃若時代に関脇まで昇り詰めました。

ちなみに逆鉾(現・井筒親方)と寺尾(現・錣山親方)は、鶴ヶ嶺の息子さん、
現横綱の鶴竜は、逆鉾の直弟子ですから、鶴ヶ嶺の孫弟子になります。


さて日頃は温厚な父でございましたが、 こと相撲中継の時だけは
お酒も飲んでいないのに人が変わったよう。

その日もラジオに向かって、「かくれいざーん!」と四股名を呼び
まるで国技館にいるような熱の入れようでした。

そんな中、ちょうど父の部屋の横を通った私、思わず口をついた言葉が…

「今日ハ鶴嶺山、負クッカモネー」   訳:今日は鶴嶺山、負けるかもね。

その時です。

「A子ハ ナイゴテ ソゲンコチョ ユウトカァーーーーー!!!💢💢💢
  訳:A子は、どうしてそんなことを言うのかッ ーー!」

タタミを拳でバン!と叩きながらの怒鳴り声と言いましたら
もう桜島が噴火したかと思うほどの勢いです。

幸い、その日は鶴嶺山が勝って、父の機嫌はすぐに直って一安心でしたが
その翌朝のこと…。

学校へ行こうと家を出ますと、井戸端会議をしている近所のオバサンたちに呼び止められました。

「A子チャンナ 昨日ハ ナヨ 言ヤッタノネ? アゲナ 優シカ オ父サン ヲ ガラレッセィ」
 訳:A子ちゃん 昨日は何を言ったのね? あんなに優しいお父さんを怒らせるなんて。

どうやら昨日の父の怒鳴り声が、近所じゅうに響き渡っていたようなのです…💦

「アンオ父サンガ バン!ッチ 引ッパタカレッ ツゲンコチョ 言ヤッタンデショ」
 訳:あのお父さんが、バン!って殴るなんて、よほどのことを言ったんでしょ。

痛かったのは私でなくてタタミの方…と弁解はしましたものの
鶴嶺山のことを言うのはさすがに気がひけまして、ただただ引きつり笑いでした。

「口はわざわいのもと」のことわざの意味が身に染みた婆ダムA子なのでございました。😅

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鶴嶺山(のちの鶴ヶ嶺関)は、栃錦と初代若乃花の栃若時代に活躍しました。


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