西郷どん(セゴドン)

「西郷どん」といえば、もちろんカゴッマを代表する偉人、西郷隆盛のことでございます。
カゴッマでは、さいごうどん…とは言わず、親しみをこめてセゴドンと呼びます。

来年の1月からNHK大河ドラマで「 西郷どん(セゴドン)」の放映が決まって
カゴッマは大盛り上がりでしょう。

さて今回は、婆ダムA子の家で、祖父の代から語り継がれているセゴドンのお話です。

私の祖父は、江戸時代の終わりに薩摩藩の大隅で生まれました。

その頃、薩摩では藩の危機に備えて、示現流(じげんりゅう)という剣術が奨励されていたそうです。
祖父も幼い頃から、藩の一大事に備えて
立木に向かって「エエエエーーーーイ!!!」と気合いを入れて
木刀で叩いて叩いて叩きのめすという示現流独特な練習をやっていたとか。

ちなみにこの示現流は昭和に入っても盛んでした。
私が小学1年の頃、早朝に示現流の練習に勤しむ薩摩男児の片隅で
そのまねごとをして、気合いを入れすぎて貧血で倒れて、母にひどく叱られた記憶が…。

明治10年(西暦1877年)、いよいよ西南の役が始まります。
西南の役(西南戦争)は、セゴドンが明治政府に対して起こした反乱ですが
薩摩ではセゴドンの人気は抜群。

当時、13か14歳だった祖父、日々鍛えた示談流で少しでもセゴドンのお力になれればと
仲間とともに大隅から薩摩に渡って、セゴドンに直談判。

祖父   「オイドンモ イクサィ 連レテ行ッタモンセ!」 
        訳:私も戦いに連れていってください!

セゴドン「ワイドンナ  マダ若(ワケ)ッ。連レ行キャナラン! 
    命ョ 大事ィセナ。」        
        訳: おまえはまだ若い。連れて行くことはできん! 命を大切にしろ。

祖父は何度も頼んだそうですが、セゴドンは頑として聞き入れなかったようで…
結局、祖父は泣く泣く大隅に舞い戻って来たのだそうです。

さて、時は変わって昭和30年代。ちょうどテレビの放映が始まった頃のこと。
セゴドンの半生を描いたドラマで、なんとこの場面が 演じられたのです。

「コヤ オイドンノ 親父ヤッド❗❗」 訳:これは、私の親父だぞ!

たまたまドラマを見ていた私の父は大興奮だったとか…。
残念ながら私はドラマを見てなくて…クヤシカァ〜!

思えば、 祖父が西南の役に出陣して討ち死にしていたら、私はこの世に生まれていなかったわけです。
私が今ここにいるのも、まさにセゴドンさまさま!

セゴサァ! アタイガ爺サンヲ イクサィ連レ行カンデ アイガトゴワシタ!
 訳: 西郷様! 私のお爺さんを戦いに連れて行かないで、ありがとうございました!

オマンサァノ 「敬天愛人」ノ精神ハ 爺サンカラ 父サン ソシテ アタイニ 
ハシト 引ッ継ッチョイモス! …ナンデン。😅
 訳: あなた様の「敬天愛人」の精神は、お爺さんからお父さん、そして私にしっかりと引き継いでいます!…たぶん 。

※ 「敬天愛人」は、””天をおそれ敬い、人をいつくしみ愛する”という意味で、セゴドンが学問の目的として、好んで使った言葉です。

余談ですが、セゴドンは大隅の海が好きで、大隅を訪れた際は
犬🐕を連れて海沿いを散歩する姿を、当時の地元の人はよく見かけたそうです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

来年から始まる大河ドラマ「西郷どん(セゴドン)」今から楽しみです🎶
もしかしてまたアタイガ爺サンが出るかも…❓❓



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉

80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

0 件のコメント: