大詔奉戴日

カゴッマは、西郷どん(セゴドン)だけでなく、大久保利通、大山巌、東郷平八郎といった
明治を代表する偉人をたくさん輩出しました。

セゴドン、オーヤマ元帥、トーゴー元帥は、加治屋町生まれ。
オークボトシミチは、甲突川を挟んで加治屋町の南にある高麗町生まれ、後に加治屋町にお引っ越し。 
 ※  偉人たちの呼び方は、小学生の私たちが呼んでいたまんま。なぜか大久保氏だけはフルネームで敬称略でした💦

だから鹿児島市加治屋町には、彼らをそれぞれ奉った石碑があります。

さて私こと婆ダムA子は、カゴッマ市内の加治屋町のすぐそばの小学校に通っていました。
小学6年の時に終戦を迎えたので、小学校時代は太平洋戦争の真っ只中。

戦争中の毎月8日は、大詔奉戴日(たいしょうほうたいび)といって、日本の必勝を国民みんなで祈願する日🎌でした。
※ 大詔奉戴日:太平洋戦争勃発の昭和16年12月8日の翌月から毎月8日に制定。

大詔奉戴日には、学校によって様々な行事が行われましたが
私の通う小学校は朝の6時から、加治屋町の偉人たちの石碑を清掃するというもの。

いつもは7時頃の起床なのに、その日は5時起きです。

そして…いつの時代も怠け者はいるもので、それは何を隠そう私のことでございます。

「今日ハ テセ…」 訳:今日はしんどい…

「ンニャ! ソイジャスマンド。ハヨ起キヤンセ!」 訳:いいや!それではすまされない。早く起きなさい!

そう言って母親に布団を剥がされそうなところですが、私の母は違いました。

「命ン アッテン掃除ジャ。無理ヲシヤンナ。ヤスミャン ヤスミャン」 
 訳:命があって掃除ができる。 だから無理をしたらダメ。 休みなさい。

皆勤賞の賞品が頭を過ぎりましたが、食べ物ならいざ知らず、賞品は鉛筆1本…。

「ウン! ヤッパイ 休ンド!」 訳:うん!やっぱり休む!

かくして私は大詔奉戴日の大事な行事をずる休み、、、な、なんという非国民でしょう😫

そして学年末の清掃皆勤賞の表彰式でのこと、
クラスの半分の生徒が対象です。

名前を呼ばれて、戻ってきた友達の手には表彰状と鉛筆1本…だけではなくて

キャラメル が!!
 ※ 当時、キャラメルはかなりの貴重品でした。 今でいうと、豪華なショートケーキ🍰?

よだれを垂らさんばかりに、キャラメルを見つめる私に皆勤賞の友達が一言。

「A子チャンナ 知ランカッタノネ?
 皆勤賞ニヤァ キャラメルモアグッチ 先生ガ掃除ン間二 ユウチョイヤッタヨ」
 訳:A子ちゃん、知らなかったの? 皆勤賞にはキャラメルもあるって、先生が掃除の間におっしゃってたんだよ」

翌年度から大詔奉戴日の清掃は、誰よりも真面目に務めたことは言うまでもございません。
ただ物資の不足で、翌年からの皆勤賞の賞品は
先生とクラスみんなからの拍手だけでしたが…👏👏👏

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

薩摩の偉人のマトリョーシカ
左からセゴドン、オークボトシミチ、さてあと3つはだれでしょう…?



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

西郷どん(セゴドン)

「西郷どん」といえば、もちろんカゴッマを代表する偉人、西郷隆盛のことでございます。
カゴッマでは、さいごうどん…とは言わず、親しみをこめてセゴドンと呼びます。

来年の1月からNHK大河ドラマで「 西郷どん(セゴドン)」の放映が決まって
カゴッマは大盛り上がりでしょう。

さて今回は、婆ダムA子の家で、祖父の代から語り継がれているセゴドンのお話です。

私の祖父は、江戸時代の終わりに薩摩藩の大隅で生まれました。

その頃、薩摩では藩の危機に備えて、示現流(じげんりゅう)という剣術が奨励されていたそうです。
祖父も幼い頃から、藩の一大事に備えて
立木に向かって「エエエエーーーーイ!!!」と気合いを入れて
木刀で叩いて叩いて叩きのめすという示現流独特な練習をやっていたとか。

ちなみにこの示現流は昭和に入っても盛んでした。
私が小学1年の頃、早朝に示現流の練習に勤しむ薩摩男児の片隅で
そのまねごとをして、気合いを入れすぎて貧血で倒れて、母にひどく叱られた記憶が…。

明治10年(西暦1877年)、いよいよ西南の役が始まります。
西南の役(西南戦争)は、セゴドンが明治政府に対して起こした反乱ですが
薩摩ではセゴドンの人気は抜群。

当時、13か14歳だった祖父、日々鍛えた示談流で少しでもセゴドンのお力になれればと
仲間とともに大隅から薩摩に渡って、セゴドンに直談判。

祖父   「オイドンモ イクサィ 連レテ行ッタモンセ!」 
        訳:私も戦いに連れていってください!

セゴドン「ワイドンナ  マダ若(ワケ)ッ。連レ行キャナラン! 
    命ョ 大事ィセナ。」        
        訳: おまえはまだ若い。連れて行くことはできん! 命を大切にしろ。

祖父は何度も頼んだそうですが、セゴドンは頑として聞き入れなかったようで…
結局、祖父は泣く泣く大隅に舞い戻って来たのだそうです。

さて、時は変わって昭和30年代。ちょうどテレビの放映が始まった頃のこと。
セゴドンの半生を描いたドラマで、なんとこの場面が 演じられたのです。

「コヤ オイドンノ 親父ヤッド❗❗」 訳:これは、私の親父だぞ!

たまたまドラマを見ていた私の父は大興奮だったとか…。
残念ながら私はドラマを見てなくて…クヤシカァ〜!

思えば、 祖父が西南の役に出陣して討ち死にしていたら、私はこの世に生まれていなかったわけです。
私が今ここにいるのも、まさにセゴドンさまさま!

セゴサァ! アタイガ爺サンヲ イクサィ連レ行カンデ アイガトゴワシタ!
 訳: 西郷様! 私のお爺さんを戦いに連れて行かないで、ありがとうございました!

オマンサァノ 「敬天愛人」ノ精神ハ 爺サンカラ 父サン ソシテ アタイニ 
ハシト 引ッ継ッチョイモス! …ナンデン。😅
 訳: あなた様の「敬天愛人」の精神は、お爺さんからお父さん、そして私にしっかりと引き継いでいます!…たぶん 。

※ 「敬天愛人」は、””天をおそれ敬い、人をいつくしみ愛する”という意味で、セゴドンが学問の目的として、好んで使った言葉です。

余談ですが、セゴドンは大隅の海が好きで、大隅を訪れた際は
犬🐕を連れて海沿いを散歩する姿を、当時の地元の人はよく見かけたそうです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

来年から始まる大河ドラマ「西郷どん(セゴドン)」今から楽しみです🎶
もしかしてまたアタイガ爺サンが出るかも…❓❓



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉

80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

薩摩狂句

私こと婆ダムA子は、昔から川柳を作るのが大好きでございます。
川柳といっても、ほとんどがカゴッマ弁(鹿児島弁)ですので
カゴッマ弁が通じない関西育ちの家族には、チンプンカンプンのようで…。

このカゴッマ弁の川柳、薩摩狂句といって鹿児島の郷土文芸です。
地元では薩摩狂句のサークルもたくさんあるようで、参加できないのが
マコッテ、ツガンネッコッゴアス。 訳:本当に残念です。

例えば最近作った句をチビット(ちょっと)紹介しますと…

ケ転ンジャ  マタ起ッキャガイ  傘寿過ギ
転んでは      また起き上がり    (いつの間にか)八十を過ぎてしまった

福留ニ  キバレフッドメチ   甲子園
福留(ふくどめ)に  頑張れフッドメと   甲子園       ※ 鹿児島では福留のことを「フッドメ」と言います。

 そうそう!
昨年、高校の同窓会で薩摩狂句の募集があり、水を得た魚のごとく、たくさん作って応募いたしました。

そしてなんと!そのうちの一句が、みごと入選!🎉 ヘタな鉄砲数打ちゃ当たる…😅
では、入選作品の紹介です!

ダイサアナ 聞ケバ昔(ムカッ)ノ ヨカンニセドン
どなた様?       聞けば昔の              イケメンさん

※ 同窓会で、数十年ぶりに会った同級生、誰かと思って尋ねたら、なんと当時のヨカニセドンだった…という😵

最近、鹿児島のラジオ放送局(MBC南日本放送)が 「さつま狂句」を募集 しているのを知りました。

早速、最近作った上の2句を応募しようかな…と思いましたが
モチットヤナァ…。  訳:もうちょっとだなぁ…。

イッペコッペ キバッミロ! 訳:一生懸命、頑張ってみよう!

ブログと薩摩狂句、二足のワラジで何かと忙しい婆ダムA子でございます。😄

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

radiko.jp のプレミアム会員(350円/月・税別)になれば、地方局のラジオが聴けます。
更にラジ録で、録音も可能。
関西にいながらにして、鹿児島の「さつま狂句」の番組が聴けて、録音もできるそう❗




人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉

80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

ゆうき体操

私こと婆ダムA子は、脊柱管狭窄症を患って、一時期は歩くこともままなりませんでした。

でも友人から紹介してもらった体操のおかげで
かかりつけのお医者さんもびっくりするほど快復いたしました。

アラA子サン、昨日ン、ブログン出ダシト、ヒトッコジャナカネ?
 訳:あらA子さん、昨日のブログの出だしと同じじゃないの?

エエ、今日ハ、ソン体操ンノ紹介ジャッノ。
 訳:はい、今日はその体操の紹介です。

私が脊柱管狭窄症を患ったのは、主人が寝たきりになってしばらくしてからでございます。
年をとると、起こりやすい病気のようですが
更に私の場合は、主人の寝起きやトイレの介助が、引き金になったようです。

脊柱管狭窄症、どんな病気かといいますと… 
脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)の脊柱とは、背骨のこと。背骨は24個の骨が連なっていて、その中には神経の通り道である筒状の空間があって、それを脊柱管と呼ぶのだそう。その脊柱管がなんらかの原因で、狭くなって神経を圧迫したり、周りの血流が滞ったりすることで起こる病気だそうです。 にわか勉強です…💦

さて私の症状はといいますと…
最初は腰がちょっと痛いかな…という程度だったのですが、足がしびれて…腰や足に痛みが出てきて…
歩き出すと痛みがひどくなってきて…ついには歩けなくなってしまいました。

整形外科に行くと、お医者さんが一言…

「これは手術しなくちゃ、ダメですねー」

 ガーーーーン!!!😱

手術となると、入院しなくてはいけませんし、寝たきりの主人を一人にしてしまいます。
 それはかなり無理な話でございます。 
でも手術しなくては、ずーっと歩けないままですし…。

 イケンシタモンジャロカイ…。 訳:どうしたらいいんだろう…。

そんな時でございます。友人のK瀬さんからお電話が…。

「A子さん、脊柱管狭窄症で手術ですって?! 私、手術しなくても治る、いい体操を知ってるわ!」

体操なんぞで、手術が必要な病気が治るとは到底思えません。でも彼女は続けます。

「実は私もそれで治ったの! その体操を教えてくれる先生を紹介するから、騙された思って行ってみて!

 奇跡が起こるから! もし効果がなかったら、私が治療費の全額を払ってあげる!」

彼女の迫力に負けまして、紹介されたのは、とある治療院。

優しく迎え入れて下さった先生に
まず診療台に仰向けに寝て、両足を伸ばした状態で揃えるように言われます。

すると明らかに右足の方が短いではありませんか…。
左右の足の長さが違うのは、腰、膝,足などの痛みの原因になるのだそうです。
それから先生が身体をゆすったり、伸ばしたり、曲げたり…。
そしてもう一度、足を揃えると、あらあら不思議…左右の足が同じ長さになっているじゃありませんか!
そんな調子で、身体の調整をしていかれます。

そしていよいよ体操ですが、この体操「ゆうき体操」とか「ゆうきプログラム」と言うのだそうです。
先生が私の症状に合った体操のプログラムを組んで、やり方を教えてくれます。
そして体操が終わった頃には…

 「ンダモシタン!!」 訳:ビックリ!

タクシーで這うようにしてここに来ましたのに
帰りは杖を忘れてしまいそうになるぐらい、歩けるようになりました。

ただこの体操、一回だけではまたすぐに悪くなってしまうらしく、毎日続けなくてはいけません。

あとは自宅で毎日、実践するのみ。

体操時間は1時間ほどかかりますが、これで手術をしなくてすむのなら、御の字です!
※ 自宅で体操ができるように、治療院で体操した様子はビデオ撮影されていて、更に体操のプログラムの冊子も渡されます。

そして3ヶ月後…初回に行ってから、2回目の治療でございます。

A子「今日はタクシーではなくて、電車で来ました!先生のおかげです!!」

先生「いえいえ、治したのは私ではなくて、A子さん!
   A子さんが毎日体操をして、自分で治されたんですよ」

そうおっしゃって先生は、自分のことのように喜んでくださいました。

「ゆうき体操」もちろん、今も毎日続けております! 
※今はプログラムが変更されて、体操時間は一日40分ぐらいです。

ところで…
奇跡を起こしてくれたK瀬さんには、全額返金どころか、今やお中元お歳暮は欠かせません。
 ※ もっともそれ以上のものを返されてしまいますが…💦

ちなみにK瀬さん、街で腰を痛そうにして歩いているご婦人を見かけますと、すかさず声をかけるのだそうです。

「つらそうですね! 私、いい体操知ってます!」

K瀬さんの友達でよかった!
だって街で見ず知らずのご婦人に、そんなふうに声をかけられても、まず信用しませんもの…
  いや…彼女のあの迫力で言われると…わからないでもありませんが…。

※ ゆうき体操は、脊柱管狭窄症に限らず、ひざや足、腰や股関節の痛みなどにも効果があるとのこと。
  もちろん体操では治せない症状もあるようで、その場合は先生が手術を勧められます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私を治療して下さった先生が執筆された本です。ご興味のある方は、覗いてみてください。😁
挿絵もかわいくて、ワカリヤスカヨー❗



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。😉

80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

とし、いくつ〜?

私こと婆ダムA子は、脊柱管狭窄症を患って、一時期は歩くことすらままなりませんでした。

でも友人から紹介して頂いた体操のおかげで
かかりつけのお医者さんもびっくりするほど快復いたしました。
※ この体操については、本ブログ「ゆうき体操」で紹介。

最近は、近くの公園を散歩するのが日課。
サブちゃんとはるみちゃんとも、すっかり顔馴染みでございます。
もちろんサブちゃんは北島三郎さん、はるみちゃんは都はるみさん
…のことが、大ファンの飼い主さんがつけたワンちゃんのお名前です。🐶🐶

さて、先日のこと。
いつものように杖をついて歩いておりましたら
とある男性にすれ違いざま、声を掛けられました。

「いつもお散歩されてますね。一緒にお茶でもいかが…?」

もちろんあり得ないことでもないのでございますが、この時は違いました。

「おばあちゃん、元気やな〜! とし、いくつ〜?」

え…えッ?! 突然、それも初対面…いや初対面でなくても、年齢を聞きます??
しかもその男性、よく見ますと、私と同年代っぽい…のです。

無視したところで大人げないですし…かといって正直に答えるのもシャクですし…
ここはひとつボケて答えることにいたしました。

「101さ〜い!」

「ハハハ!さすがにそんな年には見えんわ〜!」

…というツッコミを期待しておりましたのに

「ほぉ…そりゃ元気やな…」

それだけ言うと、さっさと行かれてしまいました。

101歳とすんなり納得されて、今なお お年頃の婆ダムとしては、複雑な心境でございます。
  そもそも私がボケるのが悪い…反省です。 

後日、知ったのですが
実はそのおじいさん、散歩仲間ではちょっとした噂になっておりました。

彼は自分と同年代らしき老人を見ると、老若男女問わず
「とし、いくつ〜?」 と、不躾に聞いてこられるんだとか。

そして自分より老けてみえる人が、年下だと
「勝った!」と ほくそ笑んで、健康自慢が始まり
逆に自分より若くみえる人が、年上だと
「負けた…」と がっかりして、さっさと立ち去るとのこと。 爺さん、性格ワルっですね…。

うん? 待てよ…?…ということは…
101歳と答えた私の時は、すぐに行ってしまったから爺さん、完敗だったというわけです!
 ザマアミロ〜!!😜

ちなみに彼は、自分のとしを聞かれましたら

「38歳…と598ヶ月 と、答えるのだそうです。

…え? ということは、ななじゅう…いや、はちじゅう…いや、きゅうじゅう???

私の勝ち…?! それとも爺さんの勝ち?!

お爺ちゃん、とし、いくつ〜??   A子も実は性格ワルッ…です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私が愛用している杖先です。支えの足が6本あるので安定感がよくて、雨の日もすべりません。



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

やんごとなきお方

私こと婆ダムA子は、生まれも育ちもカゴッマ(鹿児島)でございます。
でもいつの間にか、カゴッマより関西暮らしの方が長くなりました。

今ではカゴッマ弁と関西弁を両方、しゃべれるバイリンガルです。
もっとも関西弁にもいろいろありまして、私がわかるのは大阪弁で
今もわからないのが、京都弁です…。

京都在住のM島さん、京女らしく おしとやかで はんなり…では全くなくて
私と同じで、ガサツでザックバランな性格。 M島さん、ごめんなさい…💦
だから気が合って、40年来の友人です。

ある日、M島さんとデパートに行った帰り道でのこと…。 
「A子さん、カイテカイテ!」

背中でも痒いのかと思って、M島さんの背中を掻こうとしますと
「違う違う…コレコレ!」

なぜか、手に持っている大きな紙袋を掲げておられます。
 私は思わず、背中を掻くみたく、目の前の紙袋の側面を「掻いて」しまいました。

京都では「かく」とは、「荷物を持つ」という意味で
M島さんは私に「紙袋を持って」と言っておられたのです。
今もM島さんに会うたびに、からかわれるエピソードでございます。

ところで、この「かく」という方言、大阪でも地域によっては通じるようで
大阪弁と京都弁は共通語も多いよう。
でも京都には、大阪にはない独特な「言い回し」があるようです。

例えば、こんなことがありました。

京都在住の友人のT田さんご夫妻。
ある日、おふたりを招いて、料理自慢の主人が腕を振るいました。
おふたりとも食べるほどに陽気になられて、満足して頂いたご様子。
しかし帰り際、T田さんの奥さんが渋い顔をして、私の耳元でそっと呟きました。

「ご主人さんも罪なことしはるわ。あんなお料理出しはるなんて」
 訳:ご主人さんも罪なことをされますね。あのような料理を出されるなんて。

『楽しそうだったのに、料理が口に合わなかったのか…? 主人が聞いたらショックだろうけど
 罪になるようなことをしたのなら、改めてT田さんにお詫びするべきか…』

さすがに主人には言えません。
そこで、ここはT田さんの知り合いでもあるM島さんに、相談することに…。
するとM島さんは大笑いです。

「それ、最高の褒め言葉やないの!」

彼女の解説によりますと、京都では遠回しに言う文化があるらしく
それは「罪になるぐらいにおいしい料理だった!」という意味とのこと。

更にM島さんがおっしゃるには…

「でもT田さんもようそんなこと言わはるわ。戦後に京都に来はったばかりやのに」
 訳:でもT田さんもよくそんなことをおっしゃるわ。戦後に京都にいらしたばかりなのに。

戦後といったら、すでに70年以上も京都に住んでおられるはず… 決して短くないのでは?

「A子さん、何言うてはるの。京都で戦後言うたら、応仁の乱以降に決まってるやない」
 訳:A子さん、何を言ってるの? 京都で戦後と言ったら、応仁の乱以降に決まっているでしょう。

そういえば、カゴッマでも戦後を西南の役以降と言ってたことを思い出しました。
でもカゴッマの戦後は140年。 一方、京都の戦後は540年。
改めて京都の歴史の深さを実感した一幕でございました。
※ 西南の役は1877年 応仁の乱は1467〜1477年 豆知識でした。

そんなM島さん…一昨年にご主人を亡くされました。
私は私用で葬儀に行けず、日を改めてご自宅へお悔やみに参りました。
思えばM島さんとは長いお付き合いですが、一度もご自宅にお邪魔したことはありません。
途中で道に迷ってしまって、通りかかった方に道を尋ねました。すると…

「M島さん言うたら…確かこの前、ご主人が亡くなられて、天皇家の使者ハンが来はったとこやねぇ」
 訳:M島さんと言ったら、確かこの前、ご主人が亡くなられて、天皇家の使者の方がいらしたところですね。

天皇家の使者?!
M島さん、実はやんごとなきお方だったのです!

私と同じでガサツでザックバランだなんて、なんて失礼なことを! 
M島さん、改めて陳謝いたします…。

「やんごとなきやなんて、A子さん、おちょくらんといて。そんなことより、ぶぶ漬けでも食べてって」
 訳:やんごとなき(高貴な) だなんて、A子さん、からかわないで。そんなことより、ぶぶ漬け(お茶漬け)でも食べていって。

京都では「ぶぶ漬け」を勧めれたら「早く帰って」という意味ともつゆ知らず
ご焼香に参って、しっかりご馳走になった婆ダムA子なのでございました💦


もちろん「やんごとなきお方」とは、今もとても親しくさせて頂いております。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

M島さん御用達の本家尾張屋さんのお蕎麦。もちろん戦前の創業でございます。




人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

嫁姑バトル

私こと婆ダムA子は、生まれも育ちもカゴッマでございます。

主人とはカゴッマで知り合って結婚、しばらく市内で暮らしておりましたが
大阪万博が終わった頃、関西の主人の実家へ引っ越しいたしました。
   ※ 万博、行コゴッアッタネー… (訳:万博、行きたかったなぁ…)

それまで一度もカゴッマを離れたことがございませんでしたので、
大変心細くかったのを思い出します。
しかも主人の両親と同居でございます…💦

そして関西に住んで、一番苦労したのは関西弁です。
主人は「郷に入ったら郷に従え」で、カゴッマでは関西弁を封印。
だから耳慣れない言葉に「異国に流れ着いた…?」と思うほど。
  

同居が始まってすぐの頃でございます。

  「A子さん、これ、保管しといてんかぁ〜」

そう言って、姑が差し出した袋の中身は、どう見ても生ゴミ。

『生ゴミヲ保管シトイテ…ッチジャッテ、ナイゴッネ? イカナコテ嫁イビィ…??
 …ンニャ…キット、畑ノ肥料ニデン使ヤッタロカ』
   訳:生ゴミを保管しといて…だなんて、どういうこと? まさか嫁いびり…??
    いやいや…きっと畑の肥料にでも使うんだろう。

気を取り直して、ゴミ袋を渡されるたびにバケツに入れて「保管」しました。
バケツから強烈な悪臭が放たれ出した頃、姑が言うには…
「保管しといて」ではなくて、「ほかしといて」。
「ほかす」は関西弁で、「捨てる」という意味と学習しました。


またこんなこともございました。 

 「A子さん、これの皿、持ってきてんかぁ〜」

そう言って、姑が手に持っているのは、どう見ても割り箸。

『割リ箸ノ皿ヲ持ッテキテ…ッチジャッテ、ナイゴッネ? イカナコテ嫁イビィ…??
 …ンニャ…キット、コノ割リ箸二合ウ皿ヲ持ッケチュウコトジャロカ』 
 訳:割り箸の皿を持ってきて…だなんて、どういうこと? まさか嫁いびり…?? 
   いやいや…きっとこの割り箸に合う皿を持って来てということだろう。

気を取り直して、台所に行き、割り箸に合う「皿」を探しました。
しかしどんな皿かわからず、途方に暮れていた頃、姑が言うには…
「皿を持ってきて」ではなくて、「新しい割り箸を持ってきて」。
「さら」は関西弁で、「新しい」という意味と学習しました。


一方、私のカゴッマ弁で、姑にあらぬ誤解を受けたことがございました。

私も主人に倣って「郷に入ったら郷に従え」で、関西ではカゴッマ弁を封印。
でも驚いた時は「びっくりした!」のカゴッマ弁「ウンダモシタ!」を、しょっちゅう口走っておりました。

ある日のことです。
ひとりで夜道を歩いていると、背後から突然「ワッ!!」

「ウンダモーーーッ!!!」 ※ あまりにびっくりした時には、省略形になります。

そう言って、私はその場にしゃがみこんでしまいました。

「アタシやアタシ! A子さん、カンニンやでぇ〜!」

私を驚かせようとした姑のイタズラだったのですが、私はじっと…しゃがみこんだまま…。
そんな私を見て、姑が…

「A子さん?! ほんまに ウン○、モラシタんとちゃうやろね?!」
 関西弁訳:A子さん?! 本当にうん○、モラシタのでは、ないでしょうね?!

どうやら姑は、私が言う「ウンダモシタ」を「ウ○ヲモラシタ」と聞こえていたようで、「ウン○を漏らすほど、びっくりした」と解釈していたようです。  

「オ義母サン! ウンダモシタハ、ソゲナ意味ジャ、ゴザイモハン!」
  訳:お義母さん! ウンダモシタは、そのような意味では、ございません!

いつもは従順な嫁も、こればかりは思わずカゴッマ弁で、声を大にして姑に抗議いたしました

姑とは世間のご多分に漏れず、色々ありましたが、今となってはどれもよい思い出でございます…??

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

下のドリルに「ウンダモシタン」はもちろん載っていない…はずでございます?



人気ブログランキングとブログ村に参加しています。気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

今生の別れ

私こと婆ダムA子は、最近まで要介護認定を受けておりました。

4年前に主人が他界したのでございますが
寝たきりになった主人のそれまでの自宅介護が堪えたようです。
一時期は歩くこともままならなかったのですが
今は認定も解けて、近くのスーパーまでひとりで歩いて行けるほど快復いたしました。

「ヒッタマゲモシタ! A子サン、元気ィナイヤシタナァ。
ナイゴテソゲン元気ィ、ナイヤシタトナ?」
 (訳:まぁ驚いた!A子さん、元気になりましたね。どうしてそんなに元気になられたの?)

「ソヤァ主人ガ、ケシンダカラゴアンソ」
 (訳:それは主人が亡くなりましたから)

なんてことは、断・じ・て ございません。
いや…本音を言いますと、身体面ではそれも少しはあったかもしれませんが
精神面では60年近くを一緒に過ごした主人の死は、本当に辛く悲しいものでした。

でも泣いてばかりでは、天国の主人も辛かろうと
心身ともに元気になるため、いろんな努力をいたしました。
このあたりは、また追々綴ろうと思いますが
さて今回綴るのは、主人との今生の別れの時のことでございます。

お互いにしっかりと手を握り合って
A子「ほんとに、あなたと一緒になってよかった」
主人「ああ。ワシも。A子と一緒で幸せやった…」
ドラマのようなセリフですが、本当にこんな会話をしていたのでございます。
※ 主人は関西人なので、ここは鹿児島弁ではありません。ちなみにワシは関西弁で、俺のこと。

そしてドラマでは、このまま主人の息が途絶え、
妻が「あなた…?あなたーーッ!」と泣き崩れて…『終わり』
…となるのでしょうけれど、現実はかなり様子が違ってきまして、まだまだ続きます。

主人「ありがとう…」
A子「いいえ、こちらこそ…」
主人「いや、ワシの方こそ…」  『つづく

そして翌日…。
主人「ほんとに幸せな人生やった…」
A子「アタシも」
主人「今度、生まれ変わっても一緒になろう」
A子「…」           『つづく

そしてその翌々日…というように
こんなやり取りを主人が亡くなるまでの2ヶ月間、ほぼ毎日続けておりました。
そして、とうとうその時がやってきます。

しかし…
主人の意識はすでになくなっていて
私はというと、日々の介護疲れでついウトウト…。

気がついた時には、『終わって』おりました。 現実はこんなものなのですね…。

でも何度も今生の別れをしたので、悔いはございません。
 ※ 今生の別れは、何度もするものではありませんが…💦

ただひとつだけ後悔…というか、主人に謝らなくてはいけないことがございます。
それは「今度生まれ変わっても一緒になろう」の主人の言葉に頷けなかったこと。

ジャッドン生マレ変ワッテモ、マタ同ジ「連レ合イ」トジャ
次ノ人生、チット味気ナカヨネェー。
  訳:だって生まれ変わっても、また同じ連れ合いとでは、次の人生ちょっと味気ないわよね−。

と言うわけで…

 天国ノオマンサー、ユルシタモンセェー❗
  訳:天国のあなた、許してねー!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

火の不始末が心配なので
主人の仏壇には、電子ロウソクを使っております。🙏




人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

銀シャリの味

私こと婆ダムA子は、昔のことよりも最近のことの方が忘れがちでございます。

昨日買ったのに、翌日また同じモノを買ってくるのは日常茶飯事で
この前も冷蔵庫の中に、いつの間にかヨーグルトが4パックもありました。
もちろん私が買ったのでしょうけど、う~ん、記憶にございません…。
でも冷蔵庫にはちゃんと入れてあったので、「まだボケてない」と思うようにしております。

「食べたい!」と思ったモノは、つい買ってしまう習性があって
戦時中の食料難の時代に育ったことも影響しているかもしれません。
 ※ただの食いしん坊なだけかもしれませんが…。


戦時中といえば、あの頃は、みんながお腹を空かせておりました。
当時は雑草や芋の葉っぱが主食、白飯は銀シャリと言って、もうもう特別なごちそう。
もちろん我が家でも滅多にお目にかかることはございません。

しかしある日、白米が手に入ったとかで
食卓に銀シャリが盛られたのです!
でも家族で分けると、ほんのふた口ぐらいしか頂けません。

モット銀シャリガ、食ベタカァーーー!!

当時、私は12歳、末っ子といえども、さすがにそんな我が儘は許されません。
でもどうしても食べたくて、よからぬ悪知恵を思いついたのです。

「イタイッ! サカナン骨ガ喉二刺サッタァー!」

あの頃は魚の小骨が喉に刺さったら、ご飯を丸呑みして小骨を取るのが習わしでした。
骨など刺さっていないのに、白飯食べたさにウソをついたわけです。

「それはいかんねぇ。お母さんのを丸呑みしなさい」 
 ヤッタァーーー!

内心小躍りしながら母からもらって、一口!
ウンマカーーーッ!!

でも神妙な顔をして言います。
「マダ、取レン~」

更に母からもらって、もう一口。 
ヤッパイ、ウンマカーーーッ!!!

そんな私を隣りにいた姉が、不審な目でジロジロ…そして…
「A子チャン、丸呑ミセンデ、歯デ噛ンジョルヨ! ホンノコチ、骨ガ刺サッチョンノ?」
  訳:A子ちゃん、丸飲みしないで、歯でかんでるよ!本当に骨が刺さってるの?

結局、私のウソは姉に見破られてしまい、家族から非難の嵐。
でも母は自分の食べる分がなくなったのに、ひとりニコニコ笑っておりました。

オカアサン、アントキハ、ホンノコチ、ゴメンナサイ…。
ジャッドンアン味ハ、今マデ食ベタ銀シャリノ中デ
一番、ウンマカッターーァ!!
ヤッパイ お母サンノ 愛情ガ、イッパイ詰マッチョッタカラ…。
訳: お母さん、あの時は、ほんとにごめんなさい。だけどあの味は今まで食べたご飯の中で一番、美味しかった! やっぱりお母さんの愛情がいっぱい詰まっていたから…。

ちなみに今は、喉に魚の小骨が刺さった際、ご飯を丸呑みすると
かえって悪くなったりするので、ダメとのこと。
指やピンセットで抜いて、難しいようなら耳鼻咽喉科に行くのがよいそうでございます。
(消費者庁のホームページより)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こちらの本にも、ご飯の丸飲みは絶対に避けるように!と書いてありました💦

人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。
😉


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

命名の由来

私こと婆ダムA子は、昭和8年、西暦でいうと1933年生まれでございます。

この年は、日本が国際連盟から脱退したり
ドイツではヒットラーが首相になってナチス政権が誕生したり
だんだんと世の中が不穏な空気に包まれつつあった年です。

その一方で
ニューヨークでは「キングコング」が公開されて
甲子園では夏の高校野球 で(当時は全国中等学校優勝野球大会と言ったそう)
中京商が明石中に延長25回の末、1-0で勝ったという
平和なニュースもありました。

そんな時代に私は鹿児島市で長男、次男、三男に続く五女の末娘として産声をあげました。

生まれた時は、まん丸顔で、なんと可愛い!…いや、たくましい男児のよう!
だったそうですが、まぁそれは置いておきまして…。

8人目の子にもなりますと、親も名前をつけるのが億劫になってくるらしく
父は兄や姉たちにこんなことを言ったそうです。

「ダイカ、ヨカ『ナ』ヲツケックレ!」

カゴッマ弁を翻訳すると「だれか、よい名前をつけてくれ!」ってことですね。

すると私の一回り年上の兄が、即座に「A子」と。
父が理由を聞くと、なんでも同じクラスにいる一番かわいかぁ副級長の名前だとか。
かくして私はA子となったわけです。

命名の由来が、兄貴のマドンナの名前だなんて、いい加減だとも思いますが
私は、この名前をとても気に入っております。
「えいっ!」って、力を込めた時に言う掛け声で
呼ばれるたびに元気が出る感じです。
あっ、A子って、まんま私の名前なんでございます。
もちろん漢字表記ではありますけれど。

さて、ここで問題です!
私の名を命名した兄の干支はなんでございましょう?
昨日と今日のブログを読めばわかりますね。
これ以上ボケが進行しないよう、自分で問題を作って遊んでおります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イチョウ葉エキスは、ヨーロッパでは認知症の薬として使われているそうです。
日本では薬ではなくてなぜかサプリメントですが、身内に勧められて、毎日飲んでいます。
頭がスッキリしてイイ感じですが…でもちょっとお高い…。

人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
気が向かれましたら、下のバナーをポチッとクリック、シッタモンセ。🙏


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村

初めまして!

マダムならぬ婆ダムA子のブログへ おじゃったもんせ〜!

私こと婆ダムA子は今年、なんと7回目の年女(酉年)を迎えました。

上のタイトルの写真は、私が高校生の頃ですが、今とほとんど変わっておりません。
正直に言いますと、外見はチビットバッカイ(少しばかり)変わりましたが 
気持ちは あの頃のまんまでございます。

実は最近、言葉を忘れたり…
「ホラ、アイヨアイヨ〜。ナンジャッタ???」
 鹿児島弁訳:ほら、あれ、あれよ~。なんだったっけ…???

おともだちの名前を忘れたり…
「久シカブイ、ゴアンドナァ! エートォ、ダイサアナ…???」 
 鹿児島弁訳:あら、お久しぶり。え~っと…誰でしたっけ…?

つい先日は、朝食を摂ったことを忘れてしまい、2回も食べてしまいました。

さすがに「ソヤ、イカン!(それではダメだ)」と
身内に日記を書くことを勧められて
だったら「ブログヲ書コカイネェ(ブログを書こうかな)」と、始めることにいたしました。

なにせボケ婆ダムですから
前日と同じブログの内容を翌日にまた書いたり…
ずっと前の出来事を昨日のことだと思って書いたり… 
トンデモナカコト(とんでもないこと)をするかもしれませんが
キバッテ!(頑張って!)書いていこうと思っております。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ボケ進行防止のために、今年になってから毎日ドリルをやっています。
宿題のドリルは苦手でしたが、これは楽しいです❗


人気ブログランキングとブログ村に参加しています。
励ンニナイモンデ、下のバナーふたつをポチッとクリック、シッタモンセ🙇


80歳以上ランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 鹿児島県情報へ
にほんブログ村