誕生日にあたって

先日、私こと婆ダムA子は84歳の誕生日を迎えました。

以前は年が増えるのが憂鬱でしたが
傘寿を越えたあたりから、またひとつ年を重ねられたことが素直に嬉しく
今年も誕生日を迎えられたことへの感謝の念でいっぱいでございます。

さてこれを機に、また仕事を始めることにいたしました。

「ンダモシタン! A子サン ソン年デ 仕事ッチ、何ヲシヨット ゴアシカ?」
 (訳:びっくり! A子さん、その年で仕事って、何をするの?)

「マタ 仏画ヲ 描コチ 思チョヒト」
(訳:また仏画を描こうと思っています)

実は40を越えた頃に癌を患い、死への不安から逃れようと苦悩しておりました。
そんな頃に、姉が教えてくれました仏を描く「祈り」の世界に一筋の光を見いだして
仏画を描き始めました。
幸いにも癌の再発はなく、30余年ひたすら精進することができました。

もともと無宗教で宗派はなく、無名の仏画師でございますが
古希を迎えてから、様々な方々のご尽力により、ドイツやスペインで個展を開催するに至りました。
しかしその後、主人が長い闘病生活の末に亡くなり、私自身も一時期は要介護認定を受ける身となって
仏画への制作意欲を失っておりました。

そんな中、身内の勧めと協力もあって、ブログを始めて
80余年の自分の半生を振り返るうちに、多くの人との出会いがあり支えがあったからこそ
ここまで生きて来られたのだということに改めて気づかされました。

そして今まで出会ったすべての方々に感謝の気持ちを込めて
 また仏画を描きたいという気持ちになったのでございます。

そういうわけで仏画制作に取りかかりますと、それに明け暮れる日々となりますので
ひとまずブログはお休みさせて頂くことといたしました。

50個ほどの拙い記事ではございましたが
こうやって綴ることができましたのは、一重に読んで下さった方々のお陰と
心よりお礼申し上げます。

仏画制作が一段落しましたら、またブログを更新するやもしれませんが
当分はキーボードから絵筆に変えて、作品作りに専念したいと思っております。

今まで「婆ダムA子のおじゃったもんせ〜!」にお付き合い頂きまして

マッコテ アイガトモウシアゲモシタ!

コイカラモ イッペコッペ キバリモス 婆ダムA子ございます!
 (訳:これからも一生懸命頑張ります)


<ブログサークルにて読んで下さった方々へ>
2ヶ月ほどの短い間ではございましたが
私にとりましては、皆様のブログを読ませて頂き、また婆ダムのブログを読んで頂いて
コメントを頂けましたことは、何事にも変えがたい有意義な時でございました。
このサークルのお陰で、また仏画への意欲が沸いたといっても過言ではございません。
そういうわけで、誠に勝手ながら皆様へのブログへの訪問はできなくなりますが
頂いたコメントは私の宝でございますので
当分はサークルは退会せずに、婆ダムA子のページを残させて頂きとう存じます。
いずれまたブログを更新しました折にはぜひ、おじゃったもんせ〜!
 



三丁目の夕日

最近、身内に勧められて「三丁目の夕日」という映画をビデオで観賞しました。

10年以上前に制作された映画だそうですが
昭和30年代を描いた群像劇は、古き時代の懐かしい風景が満載でございました。

中でも家に初めてのテレビがやって来る場面では
いずこも同じだったのだなぁと、カゴッマ(鹿児島)での当時のことを思い出しました。

私こと婆ダムA子の主人はかなりの呑兵衛で、当時の給料の大半は酒に消えていましたが
野球好きで、テレビ観戦したいがため
一時期は大好きな酒を控えてまで、テレビを購入したのでございました。

そういうわけで、我が家では映画の主人公一家と同じく
ご近所さんよりも比較的早くにテレビがやって来ました。

「見ッシャン! 見ッシャン! テレビ 見セックイヤン!」
(訳: 見せて!見せて! テレビ見せてよ!)

テレビを購入したことは、すぐにご近所じゅうに広まって
子供たちが、我が家に押し寄せて来ました。

とりわけ人気番組「月光仮面」の時間になると
20人近くの子供たちが居間から玄関までを占領して、私たちの居場所がなくなるほど。
 それでもそこは当時のご近所付き合い。

「ヨカヨォー 見イッキャン」  (訳:いいよ、見て行きなさい。)

そう言って、馴染みのない子も来る者拒まずで家に入れておりました。

ある日のこと、近所の奥さんに呼び止められました。

「旦那サァナ、ヤッパイ焼酎(ショツ)ナ 飲ンオイヤット ゴアイナァ。
 夕べハ ドヒッコバッカイ ゴアシカ?」
(訳:旦那さんは、やっぱり焼酎を飲んでいるんですね。夕べはどのくらい飲まれましたか?)

主人の酒好きは近所でも有名でしたが
なぜか、そんな質問を数人の奥さんにたびたびされるようになり
やれ焼酎を飲んでいるとか、やれどのくらい飲んだかなど、
余計なお世話と思いながら、適当に応えていました。

しかしある時、井戸端会議の女子(おなご)衆に取り囲まれまして…。

 「夕べハ お客サーモ 何人カ、オサイジャシタゴ ゴアンデ 
 ドッサイ飲ンミヤットコ ゴアンソ?」
(訳:夕べは何人か、お客さんもいらしたみたいだから、さぞやたくさん飲んだんでしょう?)

彼女らの迫力に圧倒されて、正直にお客さん二人来て、5升と答えましたところ

「ンダモシタン! 三人デ 5升ゴアシカ!」(訳:びっくり!三人で5升ですか!)

「ンニャ、アタヤ ソヒコバッカイチ 思チョシタド!」 (訳:いや、私はそれぐらいと思っていたわ!)

そんなことを言いながら大盛り上がりの女子(おなご)衆。

どうやらうちにテレビを観に来た子供たちが
我が家の焼酎の空き瓶の多さに魂消て(たまげて)、親に話していたようで…。

それがご近所の噂になって、奥さんたちの間で
主人が前日に焼酎をどれだけ飲んだかが、関心事になっていたようなのです。

「ホンノコチャ ダンナサーヨカ 奥サァン方ガ 呑兵衛ラシュ ゴアンド 」
(訳:実は旦那さんよりも奥さんの方が、呑兵衛らしいわよ)

そんな噂も流れていたようですが
時機にご近所さんもテレビを購入する世帯が増えていき
いつの間にか、うちの焼酎の空瓶の数は誰も気にしなくなりました。

「三丁目の夕日」の時代、
個人情報などの言葉すらない、開けっぴろげなご近所付き合いでございました。

ちなみに婆ダムA子は、味醂でも酔ってしまうほどの下戸。
薩摩焼酎をぐいっと飲んで

「カーッ! ウンマカネーッ!」 (訳:かーっ! おいしいねーッ!)

一度は言ってみたいものでございます。

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 この映画、続編もあるそうでぜひ観とうございます。


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国宝展

京都国立博物館では、開館120周年記念として国宝展が開催されるそうです。

私こと婆ダムA子も、自宅から2時間ほどの京都国立博物館には、よく足を運んだものでございます。

 その京都での展覧会、何度かご一緒して頂いた方がおりまして
今日はその友人のお話でございます。

彼女と知り合いましたのは、確か50歳前後の頃。
同年代でお互いにさばけた性格だったこともあり、気が合ったのでございましょう。
そんな彼女、とても美しい方でもございました。
風姿だけでなく、所作ひとつひとつが美しく、オーラさえ漂わせておられましたが
展覧会をご一緒するようになってから、元・タカラジェンヌと知り
合点がいったのでございました。

ただ彼女、かなり常識はずれな方でして…。
券売機で買える電車の切符を、クレジットカードで購入しようとしたり、
滅多に乗らないという電車の車中で「遠足みたい」と女学生のようにはしゃいだり、
極めつけは、展覧会で展示してある国宝級の画を欲しいと言い出して、係員を呆れさせたり。

もともと資産家のお嬢様、結婚後もかなり裕福でいらしたようで
彼女にしてみれば、真逆の私と接するのが、面白かったようでございます。

ある時、彼女からとんでもないお誘いを受けたことがありました。

「A子さん、一緒にサンパウロに行って下さらない?」

そんな名前のブラジル料理店へのお誘いかと思いきや
彼女が行きたいのは、まさにブラジルの都市のサンパウロ。
理由を聞くと…
サンパウロのストリートチルドレンの少年を追ったNHKのドキュメンタリー番組を観て、
どうしてもその少年に寄附をしたいとNHKに問い合わせしたところ
サンパウロに行って直接届けてください…と言われたのだとか。
その寄附の額も半端でなく、さすがにそのお誘いは丁重にお断りいたしました。

その後、だんだん会う機会も少なくなり、音信も途絶えていたのですが
70歳の頃、十数年ぶりに突然、彼女から電話を頂きました。

「A子さん、お元気にしてる? また一緒に京都の展覧会に行きたいわ」

暑い時期でしたので「涼しくなったらぜひ行きましょう」とお約束をして
久しぶりの再会を楽しみに電話を切りました。

しかしこの時、彼女が大病を患っていたとはその声から全く想像もできず…
ちょうど今の季節の頃、
涼しくなってきたので展覧会にお誘いしようとして、彼女の訃報を知ったのでした。

私も年をとり、昔のように気軽に京都には行けなくなってしまいましたが
来月から始まる国宝展、彼女のことを偲びながら、ぜひ訪れとうございます。

「電車で京都に行くなんて、遠足みたいだわ! おやつを持ってきたらよかったわね!」

あの弾むような声と楽しげな笑顔を思い出しながら…。

合掌。

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京都国立博物館の国宝展は、10月3日〜11月26日に開催されるそうでございます。





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料理長の年齢

私こと婆ダムA子は、外で食事をする際、密かに楽しみにしていることがございます。

それは食事を終えた後に、料理長さんの年齢を当てるというもの。

もともと亡くなった主人が言い出したことなのですが
盛り付けや味付けで、料理長のだいたいの年齢がわかるというのです。

最初は半信半疑でしたが、主人は百発百中とまではいかないものの
例えば40歳前後とか、60代という範囲で、かなり高い確率で当てるものですから
ンダモシタン!(びっくり!)でございました。

そういうわけで、私も料理長の年齢当てに参加することに。

最初はさっぱりでしたが、経験を積むうちに、だんだんと当てられるようになりました。

一番わかりやすいのは、料理の甘さ。
例えば70歳を越えた料理長ですと
食べた時にうまさよりも甘さが先に来る感じでしょうか。
決して甘すぎるというわけではなく、このあたり微妙でなかなか言葉では表現できません。
もちろん一概には言えませんが、洗練された盛り付けなども加えて
70歳以上の料理長の私の的中率は、なかなかの成績でございます。

さて今から30年以上前、
近所にレストランが開店したので、早速主人と食事に行った時のこと。

食事が終わって、いつもの年齢当てに興じます。
私は迷わず30代、主人はかなり迷って60歳前後…
意見が分かれたところで、答えを聞くことにしました。

「とても美味しい料理でした。
ところで大変失礼ですが、料理長の方はおいくつぐらいでしょうか?」

いつもでしたら、不思議そうな顔をしながらも何歳ぐらいかを答えて下さり
質問した理由を明かすのですが
その時は、尋ねられたアルバイト風の若い女性、かなり困った顔をされて…

「料理長…ですか…? 少々お待ち下さい。」

「あ、わざわざ聞きに行かれることのほどでは…」と申すよりも先に
彼女は足早に厨房へと消えて行かれました。

彼女にいらぬ仕事を増やしてしまったと主人と反省しておりましたら
30代ぐらいの男性が、こちらへと向かって来られました。

忙しい中、料理長さんが直々におでましになられたのかと、私たちは恐縮しきり…
でももし彼が料理長でしたら、私が当たりです。

そして、その男性、私たちの席の前に立ち、一礼すると…

「申し訳ございません。料理長の年齢でございますが
こちらには料理長はおりませんので、本部に問い合わせいたしましょうか?」

そこは当時、我が家の近所に初めて進出して来たファミリーレストラン。
セントラルキッチンでまとめて調理されて、運ばれて来るなど露とも知らず
主人と料理の蘊蓄を垂れながら、年齢当てに興じていたのでありました。

 料理通ブッチョンドン、ホンノコチャ ヨカ加減モンゴアンナー…。
(訳:料理通ぶっていますけれど、実はいい加減なんですよね…)

しかし主人亡き後も未だ懲りずに、身内を巻き込んで
料理長の年齢当てに興じている婆ダムA子なのでございます。

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こんな本に載っているレストランに一度は行って、年齢当てしとうございます。


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秘伝の薬

最近、ヒアリやマダニが世間を騒がせておりますが
刺されたら命を失う危険もあるそうで、注意しなくてはいけません。

昔は夏ともなると、網戸もなくて、どんな虫も家の中に入り放題でしたので
私こと婆ダムA子、大抵の虫には動じませんが
こと百足(ムカデ) だけは、あの悍ましい姿態からして勘弁でございます。
しかし今住んでいる地域は、昔から百足が多くて…。

百足に噛まれて亡くなった人はいないそうですが
奴に足の小指を噛まれた時は、小指が親指ほどに腫れ上がり
毒がまわって足の付け根まで痛くて、2日ほど歩けませんでした。

ご近所さんも、夜中に寝ている時、天井から落ちてきた奴に額を噛まれて
40度近くの熱が出て、数日寝込んだことがあるのだとか。

そんな百足に噛まれた時の対処法。
半世紀ほど前、こちら関西の主人の実家に引っ越して来た時に
姑から教えてもらったのですが
百足を食用油に漬け込んで、それを噛まれた所に塗ると良いとのこと。
百足を油に漬け込むと、数ヶ月で形もなくなって黒いドロドロ液になるのですが
姑は、長く漬け込むほど効き目があると
ワインよろしく、年代モノを取り揃えて熟成させておりました。

私も奴に噛まれた時は今も使っていますが、確かに痛みはマシになります。
なんでも百足には解毒作用があり、漢方薬としても使われているそうです。
もっとも、姑が申していた年代モノの効果のほどは、定かではございませんが…。

そういえば、姑が亡くなった頃の今から40年ほど前のこと。

突然、近所の医院から電話がかかってきました。

「百足に噛まれた患者さんがいるので、お宅の百足油を分けてもらえませんか?」

聞けば、姑の百足油は近所でも評判で
その医院、百足に噛まれた患者さんが来院したら、姑から薬を調達していたそうです。

薬屋でもない普通の民家に、しかも医院から問い合わせがあるなど
今ならあり得ないでしょうが、当時でもかなり驚いた出来事でございました。

暑さも一段落して、関西もようやく涼しくなって参りましたので
そろそろ奴らが、モゾモゾと足元を這ってきそうな気配です。
秘伝の薬があっても、これからの季節、戦々恐々の婆ダムA子なのでございます。

「アン虫ハ ガッツイ イミシ奴ジャ!」 (訳:あの虫は本当に嫌な奴!)

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春先と今の時期は、この粉を家の周りに撒いて奴らと対峙しております。


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桜島の噴火

先日、カゴッマの友人と電話で話をしていましたところ、桜島の話題になりました。

A子「コン頃、桜島ン 噂ヲ 聞カンドン、オトナシュウ ナッタモンダネェ」
   (訳: この頃、桜島の話を聞かないけれど、静かになっているんだねぇ。)

友人「ンニャンニャ! ツイコン前モ暴レッ ヘッモ降ルシ 変ワイモセジ セガラシカヨー!」
   (訳: いえいえ! つい最近も噴火して、灰も降るし、相変わらず大変だよ!)

桜島はよほどの噴火でないと、南九州以外ではニュースにならないようで
つい平穏なのかと思いがちですが、今もしょっちゅう噴火しているようでございます。

さて桜島の噴火といえば、私こと婆ダムA子には、苦い思い出がありまして…。

娘らがまだ幼い頃、カゴッマ市内の自宅で家族と夕食を囲んでいた時のこと。
突然、「ドーーーーン!!」と桜島が噴火しました。

ンダモーーーッ! (訳:びっくり! ※あまりにびっくりした際は、ンダモシタンの省略形になってしまいます)

私は箸を放り投げて、ひとり素足で庭に飛び出したのでございました。

その桜島、直近の大爆発といいますと
今から100年以上前の大正3年(1914年)に起こった
20世紀の国内最大規模の火山災害といわれる大正大噴火だそうです。

さすがの婆ダムも、まだ生まれておりません。
ただその時の様子は、母から何度か聞いた記憶がございます。

明治23年(1890年)生まれの母は
まだ結婚はしておらず、独り身でカゴッマ市内で働いていた頃に、この大噴火に遭遇。
(※ 鹿児島市は、薩摩半島にあって、錦江湾を挟んで桜島とは対岸に位置します。)

大地から突き上げるような爆発音と振動はすさまじく
すぐに外に飛び出して、錦江湾の向こうの桜島を臨むと
雷鳴轟く中、今まで見たことのない真っ赤な炎と、天を覆い尽くす勢いで黒煙が噴き上がっていて
山は、もとの形を留めていないほど崩れていたそうです。

「コン世ン、シマイジャ…!」 (訳:この世の終わりだ…! )

そう思った母は、すぐに川内(せんだい)の実家に戻ろうと、武の駅(今の鹿児島中央駅)へと向かったそうですが
駅は避難しようとする人たちでごった返していて、到底汽車には乗れそうになく…

途方に暮れていると、やがて灰や噴煙が市内にも流れてきて、
昼なのに辺りは薄暗くなり、煙で苦しいやら、灰が目に入って痛いやら。

更に追い打ちをかけるように

「津波ン 来ッセエー カゴッマガ 海ィ沈ンドーーッ!」
 (訳:津波が来て、鹿児島が海に沈むぞーッ!)

そんな叫び声が聞こえてきて、とにかく高台の城山(しろやま)へと必死に逃げたとか。

しばらくの間、大きな爆発と地震が続いたそうですが、幸いにも津波は起こらず、
そしてようやく煙が晴れて、錦江湾を臨むと、海は一面、軽石だらけ。
てっきり、錦江湾が埋まってしまったと思ったのだそうです。

もちろん今も錦江湾はありますが
この噴火で流れ出た溶岩によって、島だった桜島が大隅半島と陸続きになったのは
カゴッマでは有名な話です。

そういうわけで、話は最初に戻りますが…
このような話を母から聞かされていたものですから
桜島の爆発音を聞いて、不覚にもひとり素足で逃げてしまったというわけでございまして…。
  (※ ちなみにこの時の爆発は、音は大きかったのですが、ごく普通の噴火でございました…)

しかしあれから半世紀が経った今も
「我が子を置き去りにした母」というレッテルは消え去ることもなく
 未だ娘らには、肩身が狭い婆ダムA子なのでございました。

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火山国の日本、もしも大噴火が起きたとしましても、被害が最小限に留まることを
祈るばかりでございます。


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義弟の十八番

明日9月4日は、私こと婆ダムA子の主人の命日でございます。

亡くなって5年になりますが、ちょうど同じ日の13年前に
主人の弟も亡くなりまして、仲の良い兄弟でしたが、何も命日まで同じでなくてもと
葬儀の席で親戚同士、しみじみと語り合ったものでございました。

その義弟、生前は隣り街に住んでおりまして
盆暮れにはいつも、兄弟で夜通し酒を飲み明かすのを楽しみに、我が家へとやって参りました。

そして義弟には、飲むほどに酔うほどに必ず飛び出す話がございまして…。
今日は、その義弟の十八番(おはこ)の話でございます。

義弟が定年を迎えた頃のこと。
愛車の軽自動車に乗って、国道を走っている時
前を行くダンプカーを、何とはなしに追い越したのだとか。

追い越した後は、ダンプカーのすぐ前を走る格好になったわけですが
しばらくすると、そのダンプカーにクラクションを鳴らされるやら、ライトを点滅されるやら。
ボロ車に追い越されたことに、よほどご立腹なのかと
バックミラー越しにダンプの運転席を見ると、なかなか怖そうなお兄さんだったようでして…。

これ以上、刺激してはいけないと、国道を離れて路地裏へ入ったそうなのですが
そのダンプカー、あろうことか、ぴたりとの後ろを追って来たそうで…。

さて義弟ですが、見かけはなかなかの強面ではありましたが
中身は、喧嘩など一度もしたことがない優しい男でございました。

ここは逃げるが勝ちと、更に細い路地へと逃げ込んだそうですが
それでもそのダンプカー、クラクションを鳴らしながら、ボロ車を追いかけて来る始末。
背中から多量の汗が噴き出し、生きた心地がしなかったとか。

そして正面を見ると、なんとその先は行き止まり。
もはやこれまでと覚悟を決めて、車を止めた義弟。
当然ながらダンプも止まって、ダボシャツ姿のお兄さんが降りてきて
義弟の方へと向かって来たそうで…。

見かけ倒しの六十男に、かたや三十そこそこの威勢のよさそうなお兄さん。
どうみても勝ち目はありません。
それでも先手必勝と、義弟は車を降りるなり…

「な、なんやねん! なんか文句あるんかいッ!」

震える足を必死に堪えて、あらん限りの虚勢を張ったのだとか。

しかし、そんな言葉にはモノともせず、 一直線にこっちにやって来るお兄さん。
そして目の前に迫った彼に、殴られると思ったその時…。

彼はいきなり深々と頭を下げて…

「先生!お久しぶりです。その折は、ほんとにお世話になりました!」

義弟は、工業高校の教師だったのですが
そのダンプカーのお兄さん、義弟の教え子だった…というオチでございます。

ダンプを運転中、追い越した車の運転手が高校時代の恩師だと気づいた教え子、
狭い路地を追ってまで礼を言いにきたという、よき教師ぶりを兄に自慢したかった十八番。

とはいえ、何度聞いても、どんな世話をしたのか、はたまた教え子のことすら全く記憶にないようで
いつも話の終わりは、ダメ教師ぶりを曝すことになるのでございました。

この十八番、今日も天国で主人と酒を飲み交わしながら、披露していることでしょう。

「おーい、A子、酒持ってきてんかー!」

そんな主人の声がそろそろ聞こえてきそうですので、明日のふたりの命日には
一升瓶を抱えて、お墓参りにと決め込む婆ダムA子なのでございました。

「ソッチハ 天国(テンゴ)ッゴアンドガ イッペイ飲ンセェ、 
 二人トン マダマダ ヨカ天国(テンゴ)ッ イッタモンセ!」
  ( 訳:そちらは天国ですから、たくさん飲んで、二人とも もっともっといい天国へ昇ってくださいね。)

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もちろん墓参りに持参する酒は、カゴッマの芋焼酎でございます。


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ひ孫、玄孫、来孫

先日、義姉から「初ひ孫誕生」の報をもらいました。

ということは、私こと婆ダムA子にとりましても、初めての4世代めの親戚の誕生でして
少子化の折、子孫繁栄は誠にお目出度いことでございます。

しかしお目出度い一方で、4世代めのひ孫の代ともなりますと
もう誰に子供が生まれたのやら、さっぱりわからなくなってしまいまして…。

A子「姉サン、ソイデ 誰ン子ネ?」 (訳:姉さん、それで誰の子供なの?)

義姉「タァコン 子ヨ」 (訳:ター子の子供よ)

A子「アー、タァコチャン二 マタ子ガ 出来ケッセェ メデタカコッジャネェ!」
   (訳:あー、ター子ちゃんにまた子供が出来たとは、お目出度いことだね!)

義姉「ンニャンニャ! タァコハ モウ還暦ッデ 子ドン 産ン年ジャ ナカデショガ。
   タァコン子ン ヨウ君ニ 赤子ガ 生マレタトヨ」
  (訳:違う違う! ター子はもう還暦で、子供を産む年じゃないでしょう。ター子の子どものヨウ君に、赤ちゃんが生まれたのよ)

A子 「アー、ヨウ君ナ、東京ン大学ィ 行ッチョタネー」
   (訳:あー、ヨウ君というと、東京の大学に行ってたよねぇ)

義姉「ンニャ!ンニャ! 東京ン大学ハ キョウ姉サンン孫…
   ンニャ…リョウ姉サンン孫? 誰ジャッタカネェ…?」
   (訳:違う違う!東京の大学は、きょう姉さん孫…いや…りょう姉さんの孫? 誰だったかなぁ…?)

もうお互いにわけがわからなくなってしまい
とにかくひ孫が生まれてよかったという話で落ち着きました。

思えば最近は、間違って身内に犬の名前を呼んだりして、大顰蹙を買っている始末、
兄姉たちの20人近くもいる孫のことを思い出すなど、例えボケてなくても、どだい無理な話…。

そんなことを思いながら、ラジオを聴いていますと
カゴッマの喜界島に住む117歳の国内最高齢の女性が話題となっていました。
1900年生まれの彼女には
孫が28人、ひ孫が56人、玄孫(やしゃご)が35人で
玄孫の子どもの来孫(らいそん)まで入れると、140人以上も子孫がおられるのだとか。

誰に子供が生まれたかは、定かでなくとも
せめてひ孫、いや…できれば玄孫、いや…あわよくば来孫の顔を拝んでから
あの世に行くのも悪くないと思う婆ダムA子なのでございました。

カゴッマノ オナゴンシャ 長生キョ シッモンドー! (訳:鹿児島の女性たちは、長生きをしますよー!)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長寿でぽっくり、「ピンピンコロリ」が私の目標でございます。


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犬派?猫派?

最近のことですが「A子さんは犬派ですか?猫派ですか?」と尋ねられました。

政治でいうところのタカ派とハト派の括りのような、そんな派閥があるのかと思いましたが
「犬と猫、どっちが好きですか?」という質問だったようです。

我が家にはふぅちゃんというビーグル犬もいることですし、犬派と答えましたが
猫も嫌いではありません。でもどうも相性がよくないのでございまして…。

5年ほど前、まだ我が家にふぅちゃんがやって来る前のこと。
見なれぬキジ白猫と黒白猫が、うちの庭をウロウロ歩き回るようになりました。

野良猫のようなので、懐かれるとあとあと厄介ですし、
かといって悪さをするわけでもないので、見守ることにしておりました。

ある日、洗濯物を干そうと庭に出ると、キジ白猫が庭の陰で寝そべっていました。
お互いに、いい距離間がわかってきた頃でして、逃げる様子もありません。
私も素知らぬ顔で洗濯物を干していたのですが、手が滑って棹を落としてしまい、
キジ白猫がびっくり!なぜかこちらに走ってきて

ンダモシタン!(びっくり!)

思わず、洗濯カゴを蹴飛ばしてしまい、それがキジ白猫にみごとに命中し、
一目散にどこかへ逃げて行ってしまいました。

一方の黒白猫は、警戒心が強くて、私を見るとすぐに逃げていましたが
一度、勝手口の外に出していたゴミ袋を荒らされた時から一転。
ゴミ袋に味をしめたのか、私がいても逃げずに庭の隅から、こちらをじっと伺うようになりました。

ある日、私が勝手口を開けたまま、外へ出てしまった時のこと。
突然、台所から ギャイーン!という猫の叫び声が!
何事かと振り向くと、いつの間にやら台所に入り込んでいた黒白猫の後ろ足に
ねずみ捕りシートがベッタリとくっついているではありませんか。

ンダモシタン!(びっくり!)

私が台所に仕掛けたものですから、取ってあげないといけません。
でも黒白猫は足にシートをつけたまま、一目散にどこかへ逃げて行ってしまいました。

それからキジ白猫も黒白猫もすっかり見かけなくなり、
二匹の猫への罪の意識も薄れかけていた頃、
彼らと再会する日がやって来たのです。

なんと二匹は、隣りの家に住む身内の飼い猫になっていたのでございました。

あれから5年が経っても、庭で私をみつけると一目散に逃げて行ってしまう二匹の猫。

「ジャッドン、ナンチュ モゼ 猫 ジャロカイ!」(訳:でも、なんてかわいい猫なんでしょう!)

この写真を見ると、犬派から猫派に鞍替えしようかと気持ちが揺らぐ婆ダムA子なのでございました。


 

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2匹のおかげで、今ではネズミ捕りシートもお役御免でございます。


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広島カープ

先日、ブログを通じて知り合いましたnancyさんが、
ご自身のブログの記事 「ほんま真面目な話、ここでなんとかせんとイケンよぉ〜」
私こと婆ダムA子の 「終戦の日」の記事を取り上げて下さいました。

nancyさんのブログは、ユーモアに富んでいて、思わず笑いがこぼれるのでございますが
彼女は広島に在住されていることもあって、時に、平和への思いを綴られた
上の記事はもちろんのこと、 「8月6日。あったことをなかったことにはできない。」の記事は
深く心に響くものがございます。  ※青字をクリックして頂ければ、その記事を読むことができます。

そんなnancyさん、もちろん広島カープの大ファンでいらっしゃいますが
実は私の孫娘もカープファンでございます。

現在、大学生の孫娘は、生まれも育ちも東京ですが
前田健太(通称:マエケン)投手が、PL学園高校で活躍されていた頃から応援していたらしく
その流れて、彼が入団した広島カープのファンになったのだとか。

あれは7年ほど前のこと。
友人のKさんと、珍しく野球談義となり
彼女がカープファンであることを知って、孫娘のことを話しました。
すると、Kさんもマエケンがいるからカープを応援しているとのこと。
というのもご主人が、彼の叔父さんと古い付き合いだそうで
それこそ健太君が小さい頃からの武勇伝を聞いていて、夫婦で応援しているということでした。

その時は、それで話が終わったのでございますが、それから半年後。

前田投手が、沢村賞を初受賞された年明けだったと思います。
Kさんから小包が届きました。
開けてみると、前田投手のサイン入りのボールと手提げバック、色紙が入っているではございませんか!
しかも色紙には、孫娘の名前が書かれていました。
思えば、Kさんに孫娘の名前をそれとなく尋ねられたことがありましたが
まさかそれが、Kさんのご主人から叔父さん経由で、前田投手に伝わっていたとは
思いもよりませんでした。

その当時に伺った話では、マエケンさん、お正月に大阪の実家に戻られると
ファンのためにたくさんのサインをされるそうなのですが
いい加減なサインはできないと、独り自室にこもって
ファン一人一人に感謝を込めて、サインをされるのだそうです。

そんな前田投手が、日本球界の押しも押されもせぬ大エースになられた頃、
広島の原爆記念日への思いを語った番組を観たことがございます。

その番組で彼は、8月6日は広島にとって特別な日であり、
野球ができる幸せに感謝して、平和への願いをこめて投球しますと語っておられました。

真摯でまっすぐな彼の目に、Kさんから伝え聞いていた
「有名になっても決して驕らず、誠実で真面目な優しい青年」が重なりました。

昨年にアメリカ大リーグのドジャーズに移籍した彼は、今年も
「8月6日は日本、そして広島にとってすごく大切な日」とメッセージを送られています。

nancyさん、前田健太投手、そしておふたりと同じ思いのたくさんの方々…
それぞれの平和への思いがひとつになって、大きく膨らみ
日本じゅう、いや…世界じゅうに広がることを願ってやみません。





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デザイナーでもいらっしゃるnancyさんのLINEスタンプ、孫娘もお気に入りでございます。
私は使い方はわからないのですが 、マッコテ カワイカァー!…もとい
ブチ カワエエノオー!(今回は、カゴッマ弁ではなく広島弁でございます)




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淡路島

私こと婆ダムA子は、1泊2日で淡路島を旅して参りました。
瀬戸内の海の幸に舌鼓、マッコテ ウンマカーッ!(とってもおいしい!)
この年で旅行できるとは、本当にありがたいことでございます。

さて淡路島といえば、百人一首の歌

「淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守」

が頭に浮かびます。

なんとも趣があって情緒深げに聞こえますが、実は歌の意味はさほど理解しておらず
「あわじしま」と聞くと、反射的に「いくよねざめぬ」を唱えてしまうのでございます。

といいますのも、もう70年近く前になりますが
高校時代、百人一首の競技かるた同好会に属しておりました。

当時は娯楽が少ないこともあって
我が家ではお正月に、家族で競技かるたを楽しむのが恒例でした。
負けず嫌いだった私は、意味もわからずに百人一首の歌を覚えて
正月に向けて毎年、蝉声が五月蠅い時期から練習に励んだおかげで
中学3年の頃には、末っ子ながら姉たちを負かすようになっていました。

そういうわけで高校では、競技かるた同好会に入り
先輩にも競り勝って、鼻高々の新一年生でした。

ある時、同好会に滅多に顔を出さない三年の先輩が練習に来られました。

「アンマイ 練習ィ 来チョランカラ タイシタコチャ ナカジャロ」
(訳:あまり練習にも来られていないから、大したことないだろう)

大差をつけて勝ってやろうと、余裕の笑みすら浮かべて競技に臨んだように思います。

しかしあれよあれよと札を取られて
終わってみれば私はたった2枚しか札を取ることができず
天狗の鼻は、見事にへし折られてしまいました。

その先輩、強いはずです。
のちに、今の競技かるた会の前身である全国大会でクイーンに輝いたのでした。

それ以来、2枚しか札が取れなかった消沈話は
クイーンから2枚も札を取ったという自慢話に変わって、
旅の道中、取った札の2枚のうち1枚の「淡路島」の歌を詠みながら
大昔のことを、身内に吹聴する婆ダムA子なのでございました。
 
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 来年のお正月は、久しぶりに競技かるたをやってみとうございます。


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ヤサシカお姉さん

私こと婆ダムA子には、4人の姉がおります。
タイトルの「ヤサシカ(優しい)お姉さん」は、私の姉たちのことではなくて
4番目の姉の仲良しだったお友達のことでございます。
※ ちなみに姉さんたちも、とってもヤサシカでしたよー!

まだ戦争が始まる前の昭和14年頃、カゴッマ市内に住んでいた時のこと。

小学3年だった姉が、珍しく興奮して学校から帰ってきました。

「アタシン、ヒトッ上ン学年ニ、普通語ヲ シャベッ子ガ 転校シッキセエネ。
 ソン子ハ ガッツイ モゾカ 人デ、アタシン、友達ィ ナッタガヨ!」
(訳:私の一つ上の学年に、普通語を話す子が転校してきてね。その子は、とてもかわいい子で、私、友達になったんだよ!)

その転校生、父親の仕事の関係で、東京から遙々カゴッマへ引っ越してきたとのこと。
普通語とは標準語のことで、姉は普通語に憧れていましたから、お友達になってもらったようです。

早速、姉は彼女の家にお呼ばれして、遊びに行きました。

「フットカ屋敷ジャッタ! ガッツイ広カ庭デ 遊ントガ、オモシテカッタヨー!」
(訳:大きなお屋敷だった! とても広い庭で遊んで、楽しかったー!)

当時の私は幼稚園児、広い庭で遊んで来た姉が羨ましくて堪りません。
それに標準語を話す人にまだ会ったことがありませんでした。

「アタイモ 普通語ヲ シャベッ 姉サンナ友達ノ屋敷ィ 遊ビィ 行コゴアーッ!」
 (訳:私も普通語を話す姉さんの友達の屋敷に遊びに行きたいッ!)

姉はA子を連れて行くと、ゆっくり遊べないと嫌がりましたが、母が一言。

「A子モ 連レッ 行ッキャンセヨ」
(訳:A子も連れていってあげなさい)

次の約束の時、姉は渋々、私を連れて彼女の家へと向かいました。

「あら!今日は妹さんも一緒なのね。そう…A子ちゃんって言うの。 私はクニコ、よろしくね」

彼女は普通語で自己紹介すると、ニッコリと笑いました。

「東京カア 来ヤッタ 普通語ヲシャベッ人ジャドン ヒットッモ ヨカブランデ、
 ガッツイ 優シソナ ヨカ 姉サンジャ!」
(訳:東京から来た普通語をしゃべる人なのに、ひとつも気取ったところがなくて、とても優しそうな素敵なお姉さん!)

会ったとたんに大好きになりました。

それからというもの姉が嫌がっているのにも関わらず
私はいつも姉に引っ付いて彼女の家に遊びに行くようになりました。

その彼女の家の庭は、日本庭園のように広く、
奥には3尺(約1メートル)ぐらいの高さの築山があって
私はそこを上ったり下ったりして走り回るのが大好きでした。

「A子ちゃん、築山の向こうは危ないから、行ったらダメよ」

「A子ちゃんはどんな遊びがしたいの? こっちに来て一緒に遊ばない?」

恐らく私がちょこまかと動き回るので、危なかしくて目が離せなかったのでしょう。
姉や他のお友達は、庭で缶蹴りやゴム跳びをして遊んでいましたが
彼女はいつも私のことばかり、気にかけてくれていました。

というのも築山の向こうは、当時の私の腰までしかない石垣があって、
その向こう側は地面まで1間(1.8メートル)以上もある段差になっていたので、かなり危険でした。

ある時、私は再三行ってはいけないと注意されていたのに
築山の向こうの石垣に寄りかかり、仰向けになって、向こう側に落ちそうになったのです。
景色が180度逆転して、頭から落ちる…と思った瞬間でした。

「危ないッ!」

彼女が私をぎゅっと抱きかかえてくれて、幸いにも向こう側への転落を免れたのです。
もし落ちていたら、大けが…いや、下手をしたら死んでいたかもしれません。

 私は怖かったのとびっくりした感情が相まって、大泣きしてしまいました。

「築山ン、向コイ 行ッタァ 行カンドチ 言ッタジャロガ!」
  (訳:築山の向こうに行ったらダメって言ってたでしょう!)

姉がすぐに飛んできて、当然ながら私を叱責。

しかし彼女は、私を責めるようなことは全くなくて

「A子ちゃん、怖かったね。もう大丈夫だよ。無事でよかった!」

そう言って、泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれたことを
今でもはっきりと覚えています。

そんな彼女は、小学校卒業とともに今度は四国に転校していかれましたが
その後も、姉との付き合いは続いていたようで、度々

「A子ちゃん、元気にしているの? 会いたいわー!」

とおっしゃってくださっていたそうです。

そして今日は、彼女の命日の8月22日。
ヤサシカお姉さんは、36年前に飛行機事故で
51歳の若さで亡くなられた作家の向田邦子(むこうだくにこ)さんでした。

彼女は生涯、2年余りを過ごした鹿児島を「故郷もどき」と呼んで、
懐かしがっておられたそうです。

日本の文学界の宝でもあった邦子さん、
本当に亡くなられたことが悔やまれてなりません。

アタイモ オ目ィ カカッセイ 
アン時ノ 助ケッモロッ オ礼ヲ 改メッ 申シャゲットウ ゴザイモシタ…。
(訳: 私もお目にかかって、あの時、助けて下さったお礼を改めて申し上げたかった…)

合掌。

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カゴッマでのことは「父の詫び状」の中にも収められています。


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アライグマ

東京をはじめ、東日本は冷夏ですのに
関西は毎日、甲子園の熱戦に負けず劣らず、あつい日が続いております。

夏の高校野球、カゴッマの神村学園、テレビの前で応援しておりましたが
大分の明豊高校に、延長12回逆転サヨナラ負けで、マッコテ、クヤシカァー!(訳:本当に悔しい!)
でも高校野球の醍醐味がいっぱい詰まった素晴らしい試合でございました。

さて私こと婆ダムA子は、相変わらず朝早くに
身内とビーグル犬のふぅちゃんと一緒に散歩に出かけております。

先日のブログではヌートリアに出会したことを綴りましたが、
昨朝は、このような動物に遭遇しました。





タヌキかと思いましたが、身内が申すにはアライグマだそうです。

そのアライグマに、ふうちゃんが一番、驚いた様子。
もともとビーグル犬は、アナグマを追う狩猟犬なのだそうですが
以前に同じ場所で、野良猫に襲われたことがあるらしく
アライグマの姿が見えなくなってから、追いかけておりました。

でも結局、見つけることができず、疲れただけのふうちゃんでございました。

 

写真の撮影と掲載は、身内に手伝ってもらっておりますが
この辺りも独り立ちしたい婆ダムA子でございます。

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アライグマに遭遇するのも、残念ながら厄介な理由があるようです。


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